レディ・プラチナ
 展望台は木で出来ていた。簡素な作りで、小さな屋根とベンチのみ。斜面に合わせて背の低い柵が立てられており、眼下では屋台の明かりが神社の周りを煌々と照らしていた。
 そよ風が吹き抜け、木々がサワサワと音を立てる。ここは街灯などの明かりもない。ベンチに座ると、月明かりがより一層美しく見えた。私の左手は、未だに空条くんの右手と繋がったまま。互いに無言で、時間だけが過ぎていく。脈打つ心臓の音が手を伝わって聞こえてしまっているのではないかと、私は気が気ではなかった。何か食べて紛らわそうとビニール袋へ手を伸ばそうにも、空条くんの手の力がそれを許さない。全身が石のように固まって、どうにも動かなくなってしまうのだった。

「暑くないか」
「あ、うん。平気」

 会話はそれきりで途切れる。空条くんは前を向いたまま、微動だにしない。私は、その横顔をじっと見つめてみた。
    じっとりと汗をかいていて、髪の毛が首筋に張りついている。鼻筋がよく通り、ハーフだということを改めて感じさせられる。息をするたびに漏れる吐息が、なんとも扇情的だ。ふと、空条くんの目線がこちらへ向いた。急なことで驚いてしまい、慌てて前を向く。
 左手を握られている力が、少し緩んだ。空条くんの方を向くこともせず、私は余っている右手を相手の手の上へ重ねる。両手に挟まれたそれが、一瞬だけ小さく跳ねた。再び空条くんの方へ視線を動かすと、今度は互いの視線が交わる。火がついたように顔が熱くなることを感じても、逸らすことはできない。

「空条くん」

 小さく絞り出した声は掠れていて、自分の声ではないようだ。冷や汗がどっと溢れて、背中を伝っていく。
 空条くんが何か言おうと口を開きかけたその時、思わず身を縮めてしまうような大きな音が響いた。空を見上げると、花火。人々の歓声が聞こえてくる。

 ヒュー、というか細い音の後、巨大な太鼓を打ち鳴らしたような音を響かせながら次々と夜空を明るく染めていく。皆、笑顔で花火を眺めていることだろう。まだ小さい子供は、その大きな音に驚いて泣いてしまっている子もいるかもしれない。
 私は、花火をまともに見れなかった。私の目の前に花火は上がっておらず、真横から聞こえてくる。ドーンドーン、と鼓膜を震わせる。
 汗が首筋に滴ってきた。それは、私のものではない。空条くんのものだ。空条くんの汗と、花火の煙のにおいが鼻を擽る。空条くんの吐息が耳にかかってくすぐったい。視界が着物の柄で埋め尽くされる。空条くん、空条くん。名前を呼んでも、決して離そうとはしてくれない。
 花火が何発も上がっている音が聞こえてくるが、今はそちらを気にしている余裕なんて無かった。ちら、と視線を動かすと、花火が上がる度に照らされる空条くんの横顔が見えた。珍しく、表情に余裕がない。息が詰まるくらいに脈打つ心臓とは裏腹に、頭ではそんな冷静なことを考えていた。

「名字」
「は、はい」

 自らの頭に重みが加わる。空条くんの手だ。ゴツゴツした大きい手が、まるで離すまいとでもするかのように頭の上に乗っかっている。だが決して強い力ではなく、あくまでも乗せている程度だ。空条くんが呼吸する音が近い。私は空条くんの腕の中で、次に発せられる言葉を待った。花火の音は大きいのに、空条くんの言葉一つ一つがはっきりと聞こえてくる。その合間に、空条くんがポツリと言った。

「名字、好きだ」

 私は、何も言えず固まってしまった。嬉しすぎるのと恥ずかしいのとで、ぐるぐると頭の中が回転を始める。思考が停止した私に出来ることは、空条くんの広い背中に自らの両腕を回すことくらい。何も言わず、じっと待ってくれていることがありがたかった。

 時間にして数秒が経っただろう。感覚的には何時間も経ったような気持ちだ。私は震える両手を空条くんの背中から自分の胸の前に持ってくると、深呼吸をする。その間、空条くんは私の肩を抱いて見守ってくれていた。

「私も、空条くんが好き。ずっと前から、好きだったの」

 恥ずかしくて、相手の顔は見ていられなかった。言い終わるか終わらないかのうちに、再びきつく抱き締められた。苦しいよ、と呟くと、悪い、と返事が返ってくる。空条くんの顔を見た。とても優しい表情をしていた。すると、なぜだかわからないが涙が溢れてきて止まらなくなった。空条くんが指先で荒々しく、そして硝子にでも触れるかのような手つきで涙を拭う。

 花火の音が遠くに聞こえる。色鮮やかに夜空を照らす毎に、人々の歓声が上がる。空条くんは何も言わない。どちらともなく、距離が近付いていく。
 風がそよいで、隣に置いていたビニール袋がカサリと音をたてた。今日一番の大きな音が鼓膜に響く。空条くんの手が、私の頬に触れる。
 もう距離はゼロだ。そっと触れただけの口付けは、花火がその名残を消し去るまで続いた。空条くんの指先が、私の唇の上を滑っていく。照らされる光はなくとも、相手の表情はしっかりと見えた。

「好きだ」

 空条くんがもう一度そう呟く。真剣な目は、逸らすことができない。私は空条くんの腕の中で、ゆっくりと頷いた。小さく「好き」と零した声に反応するかのように、空条くんの吐息が耳元を掠めていった。
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