不思議な子

 親しいと呼べる友人はなく、かといってクラスで浮くようなことはしない。自分だけ見ることのできる、そしてかけがえのない存在。小学生の頃は自分の感情が高まると、花京院の気持ちに応えるかのようにそれは他者を傷付けた。その存在を、花京院はいつしかハイエロファントグリーンと名付けた。
 自らの影のように付いてまわり、必要なときに呼べば現れる。感情をコントロールしなければ、勝手に攻撃する。以前と比べると今はだいぶ慣れてきたが、それでもたまに勝手に現れては隙間に隠れてしまっていたりする。他人からは見えないので問題ないが、中学生の花京院にとってはそれがもっぱらの悩みだった。たった一人の、心を許せる相手だからだ。
 だがある日、花京院を驚かせる事件が起きた。

「その子、なんていうの」
「え?」
「後ろの、緑色」

 美術の授業で、隣にいた女子から聞かれた。この子、誰だっけ。あまりクラスの人を覚えていなかったので、いくら捻ってもそれらしい名前は思いつかない。だがそんなことよりも、花京院は彼女の言葉にとても驚いた。思わず大きな声を出してしまうところだったが、すんでの所で飲み込んだ自分を誉めたい。

「ハイエロファントグリーンっていうんだ」
「ハイエロファントグリーン!良い名前ね」

 彼女はこの存在が見えていた。しかも名前もほめられた。嬉しくなって、絵の具を掻き回す手に力がこもる。

「でもなぜ、君はこいつが見えるの?」
「うーん、なんでだろう」

 彼女も僕のハイエロファントグリーンのような存在がついているのだろうか。花京院は期待したが、どうやら彼女は見えるだけで、そういった存在はいないらしい。しかし花京院にとって、彼女という存在はとても大きなものとなった。今までこの存在に関して苦労してきたことが色々あったが、やっと話題を共有できる……そんな人が現れ、心から嬉しかったのだ。いつしか課題の絵を描くことも忘れ彼女と話し込んでしまい、慌てて作業を終わらせなければならなくなってしまった。

「ねえ、明日の放課後ここでまたお喋りしない?」
「いいけど、君は大丈夫なの?」
「ぜんぜん。どうせ暇だし、花京院くんと話すの楽しいもの」

 楽しい。花京院は心の中で復唱する。ほんと?と聞くと、ほんと。と、ちょっと高めの声で返事が返ってきた。花京院はその日から、少しそわそわした気持ちで放課後を迎えることとなる。
 美術室は、部活動以外の日に使わせていただくことになった。どうせ誰も来ないし、最終下校時刻前にそこを出れば先生にすら会わなかった。
 花京院とその少女は、日を重ねるごとに仲を深めていった。長期休みの時は近くのゲームセンターへ遊びに行ったり、彼女が一度は行きたい、と言っていたカフェへ行ったりもした。
 だが不思議なことに、彼女は名前を教えてくれない。名前はなんていうの、と聞くと、彼女はいつも上手くはぐらかす。だから花京院の中では、彼女のことはいつもミーコと呼んだ。見える子だから、ミーコなのだ。
 しかし、いつかは終わりもやってくる。中学を卒業する際にミーコは引っ越すらしく、卒業式のあと、花京院は美術室に呼び出された。花京院はひょっとして、なんて淡い思いも描いていたが、ミーコはそんな素振りは見せず、遠くへ引っ越すということを伝えると、花京院の手に何かを握らせた。紙袋に入れられている。

「花京院くん、絵上手いから。ちょっと良いやつ買ったの。プレゼントだよ」
「これ……いいの?」
「うん!花京院くんとの三年間、とっても楽しかった。ありがとう」

 紙袋の中は、油絵具のセットであった。彼女は最後に花京院に軽く抱きつくと「さよなら」と言って、結局本当の名前も知らせぬまま去っていった。




 目の前にはキャンバスと、途中まで描かれた学帽を被った男の姿が描かれている。手元には上質な画材が並び、次から次へとキャンバスへ筆を滑らせていく。
 花京院は高校生になった。あれ以来、彼女の消息は不明だ。花京院はこの数ヶ月で変わってしまった。しかし、それを今描いている人物が助けようとは彼は思いもよらない。そして、思わぬ所で彼女と再会することになろうとは、今の花京院には知り得ないことである。

/夜な夜な夜な
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -