美しき日々

 狭くもなく広くもない部屋で、ジョルノは目を覚ました。パッショーネのボスがこのような部屋で暮らしているとは、誰が思うだろう。そして隣のリビングに置いてある水槽  そこで飼われている亀の中に、様々な苦難を乗り越えた男が住んでいることは、スタンド使いであるジョルノや、その仲間達しか知り得ないことだ。
 ジョルノは夢うつつのまま、今は亡き仲間達と過ごした日々を思い起こす。果てしなく長いようで短いそれらは、今も彼の奥底にある。
 窓の外を見ると、白んだ朝日に照らされたイタリアの街並みが広がっている。あと一時間ほどすれば、街も徐々に目を覚ましてくるだろう。

「それにしても早く起きすぎましたね……」

 もう一度寝ようと思ったが、頭が冴えてしまい眠れそうにない。横を向くと、シーツにくるまって気持ちよさそうに眠るなまえがいる。ジョルノはその姿を見て、柔らかく微笑んだ。

 なまえとの出会いは学生時代に遡る。たまたま席が隣で、どこか異国の雰囲気を持ち合わせていた彼女にジョルノはすぐ虜になった。一目惚れだった。
 後に聞くと、なまえはジョルノと同じく日本人とイタリア人とのハーフということが分かった。思わぬ共通点にジョルノはなまえの手を取りながら喜んだし、またなまえ自身も真摯に自分と向き合ってくれるジョルノに惹かれていった。
 心から愛せる女性ができたからこそ、ジョルノは迷っていた。なにしろ、なまえと付き合うようになってから約一ヶ月後には、ギャングのボスになってしまったからだ。常に危険が伴うこの世界に、彼女を巻き込みたくはない。
 なまえにはまだ本当のことを言っていなかったのだ。
 パッショーネのボスに女がいた、という噂が流れた場合、ジョルノ達がしたように、そこから足がついてしまうとも限らない。
 ジョルノは迷いに迷って、なまえに本当のことを打ち明けることにした。僕はギャングです、と。
 だがなまえは、あっけらかんとして言ったのだ。

「そうなの、すごいじゃない!まるでギャング映画のヒロインにでもなったみたいだわ」
「なまえ、これは重要なことなんですよ。あなたもいつ狙われるか……」

 楽観的ななまえの答えにジョルノは頭を抱えたが、そんな様子を見たなまえはジョルノがつけていたネクタイを掴み、側にあったソファへと押し倒す。驚いたジョルノは思わずスタンドを発現させてしまったが、彼女には見えていないのでネクタイへ伸びるなまえの手を掴もうとしたことも知らない。
 なまえの目は真剣だった。瞳の中に、驚いた表情のジョルノが映る。普段は温厚な彼女の突然の行動に、ジョルノはごくりと生唾を飲み込んだ。

「ジョルノ、例えばの話よ。私がスパイだったら、どうする?」
「なまえ、何を」
「答えて」

 ジョルノは言葉に詰まった。何故なら、それが例え嘘だとしても心が引き裂かれるような言葉を口にしなければならないからだ。

「もし、なまえがスパイなら……僕は、今この場であなたを拘束し、拷問し……仲間の情報を吐かせ、終いには」
「殺す?」

 ジョルノはゆっくりと頷いた。悲しそうな目をするなまえの表情が、数分後の未来を映しているようだ。まさか、そんな。ジョルノは嫌な想像ばかりしてしまう。
 だがなまえはジョルノの予想を裏切り、温かさを求めるように抱きついてきた。安心したジョルノは、なまえの頭上にくちづけを送る。

「ごめんなさい、ジョルノ。変な質問して」
「いいえ。ですが、急にどうしたんです?」
「ジョルノ  怖いのよ」

 なまえはジョルノの置かれている環境を恐れていた。例え話だとしてもジョルノの口から紡がれた言葉は恐ろしく、いつ彼が消えてしまうかと考えると……なまえはジョルノの胸元で震えた。
 ジョルノはなまえを優しく抱き締め、耳元で囁く。

「大丈夫です。なまえのことは、僕が守ります。それに、この仕事は僕の夢だった……なまえ、あなたには怪我ひとつさせない。誓いましょう」

 スタンドの能力で手元に小さな花を出現させると、なまえの髪の毛に挿した。

 その花は、今でも二人が寝るベッドの側に飾ってある。あれから何年も経ったが、その花は枯れることはない。なまえは不思議がっていたが、それはジョルノが時たまスタンド能力を使っているからだ、というのはジョルノ本人と、スタンド使いであるパッショーネの幹部達だけだ。

 眠るなまえの髪を撫で、久しぶりに朝食を作ろうかとキッチンへ足を向ける。しばらくすれば、トーストの焼ける匂いやコーヒーを淹れる音が寝室にも響くだろう。
 目を覚まし、既に用意されたそれらに目を丸くする彼女を想像し、ジョルノは思わず零れる笑みを隠しきれなかった。

/Viva La Vida
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