ボタンをつけてあげる話

 下校の時刻となり、私は承太郎と帰るため学校の門を出た少し先のところで待っていた。この場所は学校から出てくる生徒の視界からはよく見えない位置となっているので、彼を待つには最適の場所なのだ。私がこうして隠れながら待っているのには理由がある。
 承太郎には取り巻きが多く、クラスが一緒でも話すことはおろか近づくことさえ難しい。花京院くんと仲が良いのかよくお互いに話しているのを見かけるが、花京院くんにも追っかけは多いので、取り巻きの数は2倍。軽くサッカーでも2チームずつに分かれて出来るんじゃあないかと思うほどだ。
 あの人だかりに巻き込まれたら最後、彼女達の離れまいとする力に屈服することになる…それはとうの昔に学習済みだ。

 承太郎は未だ現れない。そもそも私は彼を待たなくたっていいのだが、習慣化してしまっているのでそれをやめるというのは些か難しい話である。私と承太郎は所謂「幼なじみ」の関係にある。私が物心ついた時には既に承太郎が隣にいたし、若干幼稚園生にしてホリィさんから「将来は承太郎をよろしくね!」とまで言われてしまっているのだ。もちろん、これはホリィさんと二人だけの秘密である。

 …私は知っている。承太郎は警察にお世話になるほどの「ワル」だが、根はとても真面目で優しい。 空条承太郎という男は、あまり感情を表に出さない。本人は笑っているつもりでも、それが顕著に現れることは少ない。目元がちょっと和らぐとか、口の端が上がるとか、よく見なければ気付かないのだ。だが承太郎を取り巻く女の子達はそういうところも見逃さず観察しているのだから、感心してしまう。それでも、彼が歩く度に女の子達がみんな振り返る気持ちはわかる。そして腕をとって歩きたい気持ちもわかる。

 幼なじみという最高のポジションがあるにも関わらず行動に移せない私は、彼女達の勢いが羨ましい。

 承太郎は慣れたもので、あの取り巻きから逃げることがいつの間にか得意技の一つになっている。きっと、数ヶ月前に身についたという"スタンド"と呼ばれる能力を使い、花京院くんと上手く逃げていることだろう。

「悪い、待たせたな」
「あっ承太郎、今日もすごかったね。花京院くんもお疲れ様」
「ああ…嬉しいのか何だか、よくわからない気分だよ」
「やかましいのは嫌いだぜ、俺は」

 地面に置いていた鞄を手に持ち、二人の方を向く。このやりとりは何回もやっているので、ある意味「じゃあ帰ろう」の合図に等しい。そして、花京院くんは私達二人よりも先に早く帰ってしまうこともわかっている展開だ。
 花京院くんは気付いているのだ。私が承太郎を好きというのは、花京院くんと知り合ってすぐに筒抜けだったらしい。どうしてわかったの?と聞くと、「だって、みょうじさんが承太郎と話してる時…すごく嬉しそうだから」とまるで我が子でも見るような笑顔で言われてしまった。





「私、そんなに顔に出てるの?」
「うん、出てるよ」
「じょ、承太郎にもバレちゃってるのかな?どうしよう!」
「うーん…バレてるってことは無いんじゃないかな」
「じゃあ、承太郎って…ほかに好きな女の子でもいる?」
「それはないよ。だっていつも女の子達に囲まれるけど、本当に迷惑そうにしてるし」

 休日、二人で空条家にお邪魔した時だ。承太郎がホリィさんに呼ばれて席を外している間、それとなしに花京院くんに聞いてみたことがある。

「…承太郎、やっぱり私みたいなのじゃなくて、スタイルがよくて、気品があって頭もよくて、美人な人がいいんだろうなあ」
「みょうじさん」
「なに?花京院くん」
「実は───

 花京院くんは私の腕をとり、耳元に口を近付ける。とても小さい声だったので、うまく聞き取ることができない。ごめん聞こえなかった、と正直に言うと、花京院くんは私の耳元にもっと口を近付けてきた。吐息がかかるので、少しくすぐったい。

「承太郎は、君の───
「花京院、何やってんだ」
「あっ!承太郎……」
「花京院くん、その続き教えてよ!承太郎が何───
「なまえ!」
「はっ、はい!」

 急に怒りを含んだ声色で名前を呼ばれ、姿勢を正す。承太郎の方を見るが、学帽で目元が隠れておりその顔色は伺えない。だが、漂うオーラが凄まじい。きっとこの怒りは花京院くんが言おうとした事に関係があるのだろうが、花京院くんはこの世の終わりだとでもいうように顔を青ざめていて、続きを聞き出せそうにはない。

「……花京院、あとでスタンド同士で相撲な」
「えっ……あ、ああ……わかったよ……」

 承太郎はお菓子と飲み物がのった盆を机に少々乱暴に置くと、花京院くんの肩を掴んで二人で向こう側を向いてしまった。何かをヒソヒソ話したあとにこちらを向いた花京院くんは、不思議な笑い方をしていた。私は絶対に怪しいと思ったが、承太郎の視線がとても鋭かったので詮索するのはやめておいたのだった。





 あの出来事から身構えていたが、私にも花京院くんにも取り立てて何か言うこともなく、今まで通りふらっと学校にきたり、近所の不良と一悶着起こしたりと特に変わらない日々を送っている。変わったことを1つ挙げるとするならば、以前にも増して花京院くんは私のことを応援してくれるようになった気がする。
 例えば、あの曲がり角を曲がると花京院くんは「じゃあお先に」と言って急ぎ足で帰って行ってしまう。
 今日も変わらず、花京院くんは急いで去ってしまった。

「あんなに急がなくてもいいのに…」
「……」

 承太郎は何も言わず、さっさと歩き出してしまう。二人は喧嘩しているわけでもないし、きっと彼なりにムードを気にしてくれているのかもしれない。花京院くんがいてくれた方が私としては心強いのだが、前に「僕が君に何かしたと思われるじゃないか」と冷や汗を出しながら話していたことを思い出す。別に承太郎は気にしないでしょ、と応戦すると、花京院くんは口篭る。結局、私が折れる形で「じゃあ、応援よろしくお願いします」とその話題は締めくくられる事となった。

「あれ?」

 もうすぐ家に着くというところで、私は承太郎の制服のボタンがとれていることに気がついた。承太郎はいつも学ランを着ていて、そして愛着を持っている。そのボタンがとれているのは、とても珍しい。承太郎ならまず服に袖を通した時点で発見するだろう。

「承太郎、ボタンとれてるよ」
「あ?……」

 承太郎が私の示した場所を見る。そこには今にも重力にしたがって落ちそうなボタンがあった。承太郎は小さく舌打ちすると、勢いよくボタンを引きちぎってしまう。服の生地のことも多少は考えないのだろうか。

「まって!ちょうど裁縫セット持ってるの。今日、家庭科があったから…」
「いや、必要ないぜ」
「え?」
「ウチでやればいい」

 あれよあれよという間に、私は承太郎に手をひかれ空条家にあがらせてもらうことになった。私の家はすぐ近くだし、承太郎の家だから親に連絡しなくても大丈夫だろう…たぶん。
 ホリィさんは買い物でいないのか、いつも騒がしい空条家はしん、と静まり返っていた。敷地が広いのでそれらを余計に感じてしまう。承太郎はズカズカと家の中を進んで行き、ある部屋へ私を招き入れた。
 そこはアイロン台が出しっぱなしにしてあって、誰かがいたことを思わせる。きっとホリィさんがアイロン掛けをしている途中で買い物に出かけたのだろう。承太郎は押入れから何かの箱を取り出す。その箱の中からは布やミシン糸など、裁縫の道具がいっぱい入っていた。

「ほら、付けてくれ」
「あ、うん」

 我が家にあるものとは量も質も違うその中身を見ながら、学ランを受け取る。勝手に弄っちゃってごめんなさいホリィさん!と心の中で謝りながら、糸と針、糸切りばさみをガサガサ探す。案外すぐ見つかった。分かりやすいように別の小さい箱にそれが入れられていたからだ。
 糸を使う分だけ取り出し、はさみで切る。切った糸の切り口を舌にちょいとのせ、針に糸を通す。するり、と糸が通ると、端と端を合わせて結ぶ。とれてしまったボタンを学ランの元合った位置に合わせ、針を通す。ものの2、3分でボタンは綺麗に元通りの位置に収まった。

「承太郎!ほら、直ったよ!」

 ずっと承太郎に背を向けていたので、学ランを手に持ち後ろを振り返ろうとしたときだ。突然、背中にドンと衝撃が走る。お腹辺りを学ランごと両腕が抱えている。
 ちょうど学ランの裾が畳に広がる上に、学帽が落ちてきた。裏地が見える状態だ。

「じょ、うたろう」

 承太郎は何も言わない。私の肩口に顔を埋めていて、顔色を伺うこともできない。
 吐息が首筋にかかり、少しくすぐったい。私は身を捩る。
 下腹部にある筋肉質な腕、厚い胸板、かかる吐息。触れられた箇所が熱く燃え上がるようだ。
 承太郎の手の上に自らの手を重ねると、後ろから息を飲む声が聞こえた。髪の毛を耳にかけられ、声が直に響く。

「なあ、なまえ」

 血液が沸騰したようだ。じわじわと肌から汗が染み出すのがわかる。心臓がこれまでにないほど動いていて、反射的に学ランをきつく抱きしめた。承太郎は何かを考えたのか、今度は私と向かい合わせになると正面から優しく抱きしめた。学ランは承太郎の手により畳に放置され、私が縫い付けたボタンがちょうど上に向いている。

「こういうのは柄じゃねぇんだがな……」

 私はひょっとしたら、という考えでいっぱいだ。承太郎は私を抱きしめている。それにさっき一瞬だけ見えた承太郎の耳が、とても真っ赤だった。いつもクールで感情を殆ど表に出さないのに、とても無防備な姿を晒す彼がとても可愛く思えて、口元に思わず笑みが浮かぶ。
承太郎の背中へ両手を回し、胸元に顔を埋めた。鼓膜に承太郎の心音が響いてくる。

「……承太郎、心臓がドキドキしてる」
「それはなまえもだろ」

 それ以上の言葉はいらなかった。私は承太郎の顔を見上げてにっこり笑い、嬉し涙を流す。こんなに幸せなことがあるだろうか。とめどなく流れる滴は、承太郎の唇によって掬われた。
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