勝敗

シャンクスは船べりに肘をつけながら樽に座り、めずらしくもの思いに耽っていた。数週間ぶりに島へ上陸したというのに、我らが船長は全く動く素振りを見せない。いの一番に飛び出していく彼が、だ。そんなシャンクスを心配そうに見つめていた新米の船員達は、ベン・ベックマンやヤソップなどの古参メンバーに「今はあっち行っとけ」と追いやられる。

「お頭、いつまでああしてる気だ?島行って色々買い足さねェと、この船ヤバイぞ」

おれらが"買い足す"っつー時は、主に酒だがな。
ガッハッハと、ヤソップが豪快に笑い飛ばす。それでも、お頭ことシャンクスはその場を微動だにしない。どこか目も虚ろである。ベックマンがシャンクスの右肩に触れると、身体は重力に従って船の床へと真っ逆さまに落ちていく。

「おい、シャンクス…!」

横向きに倒れた彼をなんとか立ち上がらせ、呼びかける。そこでようやく、意識を取り戻したようだ。次に言う言葉に、ベックマンとヤソップは思わずシャンクスの頭を思いっきりはたく事になる。

「悪ィ、寝てた」







港街はたいそうな賑わいを見せ、人がひっきりなしに蠢いていた。海軍がいないというのに、この街は荒らされている形跡もない。
───どうやら、独自に警備隊がいるようだ。
だが、騒がなければどうってことはない。もしそういう事があった時は、いつも通り笑い飛ばせばいいだけの話。シャンクスはマントを肩に羽織ると、街中へと繰り出した。

「あ!お───────い!!!」
「なまえだ!お───────い!」

ヤソップが遠くから呼びかけるなまえの声に応える。

「お酒!買ってきといたよ───────!!!」
「ラッキー、買う手間が省けたな。さすがなまえ」
「シャンクス、良かったな」
「あ、ああ…」

寝起きのような声でベンに答える。なまえが、向こうからはち切れんばかりに手を振っている。

───そう、おれはさっき船べりで寝ていた。それは考えごとをしながら眠くなってしまったからだ。最近、あまり眠れない。だんだん寝付けなくなってきている。
寝不足気味の原因は彼女だ。経験上こういう感情というものは所謂アレなのだが、37にもなってそんなウブなこと相談できねェしなあ…と、一人で悶々としながら早一ヶ月。おれはやり切れない気持ちで一杯だ。もうたくさんだ。何か身体が張り裂けそうな気分だ。

思えばなまえは、この船の中では一番古い付き合いだった。ロジャー船長の船で、バギーとなまえと、毎日馬鹿をやらかしていた。
なまえは、おれの4つ下だ。あの頃、なまえはいつもおれとバギーに喧嘩やたわいもない悪戯を仕掛けてきていた。だがそんな彼女の努力も虚しく、俺たちは様々な罠をかいくぐってはなまえに仕返しをしていた。

「今にみてなさい!絶対、二人に勝ってやるんだから!」

それがなまえの口癖だった。
あまりにも負け続けるなまえに同情したのか、レイリーが俺たちの喧嘩に介入してきたのはそのすぐ後のことだ。






「あっ!もうルウ、私の肉よそれ!」
「いいじゃねェか、まだいっぱいあんぞ」

夜。昼間買い足された事もあってか、毎日のように開かれる宴はよりいっそう壮大なものへと変わった。いつの間に呼んだのか、見ず知らずの街の人まで巻き込み、やれ踊れや飲めのどんちゃん騒ぎ。おれは酒樽を両手に持ち、ベンやその他大勢の野郎共と飲み比べをしていた。

「っか──────!もう一杯!まだまだ!」
「ぐっ…流石だな、シャンクス。だが、おれもまだまだイケるぜ」

ベンは右手に持った酒樽を口元に持っていく。口の端から雫が滴り落ちるが、一気に飲み干すとおかわりを頼んだ。

…結局、いつもの通りおれとベンが最後まで残る。周りを見渡すと、あれほどの騒ぎが嘘のように静まり返っていた。ベンは「まだイケる!」と豪語していたにもかかわらず、自らの手で酒をついだとたんうつ伏せに倒れてしまった。おれは前髪をかきあげながらため息を吐く。こうやって急に静かになり、一人になると、どうしても考え事をしてしまう。

思いを馳せるのは、過去のこと、今のこと、未来のこと、ルフィのこと、そして、なまえのこと。おれは、あぐらをかきながら頭を抱えた。なんて女々しいんだ。こんな年になって。それに、昔はこんなこと微塵も考えなかった。どうして今になって…。

「はあ……」

おれは少し酔いを冷ますために夜風に当たろうと、閉じた目を開け、立ち上がろうとした。

「う〜シャンクス〜…」
「うおっ!?ど、どうしたなまえ!」

いまさっきまで考えていた渦中のその人物が、いつの間にやってきたのか、胡座をかいたおれの方へと倒れ込んできた。しきりに腹の方を押さえている。

「う〜苦しい…」
「なまえ…もしかして、食いすぎか?」
「うん…ルウと大食い対決した…負けたけど…」
「バカ、絶対に負けるに決まってんだろ!」
「うん……」

なまえは相当苦しそうだ。無理もない。ルウに大食いで勝てる奴なんか、この船にはいないだろう。それでも果敢に挑戦するのは、なまえくらいしかいない。
なまえは、俺から離れようとしなかった。ぴったりとくっついたまま、あろうことかその場で寝始めてしまったのだ!おれは再度頭を抱えると、だめもとで彼女を揺り起こそうとしてみた…が、一向に起きる気配はない。腰に回された手の力が強まるだけだった。

「はあ……しょうがねぇな」

負けだ、おれの負け。シャンクスは口元に笑みを浮かべると、羽織っていたマントをなまえの身体にかける。「おやすみ」と呟くと、自分自身も目を閉じた。
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