言っちゃった、言っちゃった

「好きです」

そう言うと、ギクリという効果音が目に見える程、目の前の人物は驚いた。驚いたといっても、今日初めて彼を見た人ならばまず気が付かない程に微々たるものだ。
私の目の前にいる人物とは、御剣怜侍。検事局始まって以来の天才と称されている人だ。本人は自覚していないようだが、ルックスもなかなか、と女子の間で評判になっている。

天から二物も三物も与えられた彼。これで性格が優しく温厚であれば、私だってこんな苦労(この場合は仕事に関して、だ)はしてきていない。
……そう。彼には、少々避けたい難癖があるのだ。

まずは、言動。狩魔豪を師匠にもった影響なのか、あるいは元からそうだったのかは分からないが、少々上から目線の発言が多い。加えて、あの瞳。全てを見透かすように、もはや緩むことはないのだろうか、と思わせる程に寄せられた眉間のシワをより一層深くさせながら、相手の目をじっと見ながら話す。初対面の人ならば、それだけで蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまう。

次に、彼には色恋なんぞに最も遠い位置にいると思われる。御剣検事は、鈍感過ぎるのだ。

一度だけ、彼に好意を抱いている(と、思う)女性が、「すいません、ここの資料が   …」「この事件についてなのですが   …」等と言いながら、一々彼の腕や肩に触れる。所謂、"ボディタッチ"をしていた事があった。勇敢である。御剣検事はさほど気にしていない様であったが、何回目かの時に「キミはさっきから私の肩をペタペタと触っているが……どうしたのかね?虫でもついているのか?」と女性に聞いたのだ。女性は黙ったままの彼に対し、"自分に好意を抱いている"と勘違いしていたのか、そんな御剣検事の言葉に口を開けたまま唖然としていた。

それもそうだ。彼女は美しく、普通の男性だったらコロッと落ちてしまいそうな程美人だったのだから。同性だが、私も思わず見とれてしまう程であった。

そして最後に、彼は公私共に「鬼」と呼ばれるほど厳しい。これが、この検事局の中で牙琉検事と人気を二分する最も強い点であろう。
御剣検事が冷徹なのに対し、牙琉検事は誰にでも優しく、人を惹きつけるカリスマ性がある。ガリューウエーブというバンドのボーカルをやっていれば尚更だ。

「好きなんです」

もう一度想いを告げると、御剣検事はまたしてもギクリという効果音が聞こえる程に驚いた表情を見せた。

私は、最初こそ他の女子達と同じく、御剣検事の事をただ「かっこいいなあ」としか思っていなかった。イトノコ刑事の元へ配属され、捜査に参加した時。担当が御剣検事で、イトノコ刑事から「自分が捜査に参加する時は、大抵御剣検事がいるッス!」と言われた時には、まさか…!と思わず小躍りしてしまいたくなるくらいに嬉しかった。
だが、その後は上記にあげた……彼の難癖に、私は頭を悩ませる事となる。

「みょうじ刑事」

御剣検事が、眉間にシワを寄せて名前を呼ぶ。
配属された当初は、名前を呼ばれる度に「今度は何を説教されるのだろう」と怯えていたことが記憶に新しい。
…あれから2年が経った。御剣検事から捜査の依頼、協力を求められる事も多くなり、必然的に彼と共に仕事をする回数が増えたように思う。今ではイトノコ刑事よりも呼ばれる回数が多いのではないだろうか。

御剣検事は少々頬を赤く染め、私と目を合わせないようにしている。対する私は、御剣検事の目をじっと見据えたままその場を動かない。

「……そ、の」
「………」
「…………」

長い沈黙が続く。さすがに、気まずい。御剣検事は腕組みをして右手の人差し指をトントン、と動かすお決まりのクセまで始めてしまったし、かなり気まずい。まるで、説教を受けているようだ。苦い記憶を思い出す。

「……わ、私は、君の上司だ。君のソレは、憧れや尊敬……ではないだろうか」

御剣検事の眉間のシワが、さらに深く刻まれた。深い谷のようだ。

…そもそも、私が彼に告白しようと決意したのは友人である狩魔冥の助言   という名の命令からである。
メイは狩魔豪を父に持つ、検事のサラブレッド。もちろん、本人もその名に恥じぬ程の活躍ぶりを見せている。なぜ彼女と仲が良いのか疑問に持つことがあるが、結局、仲が良いのだから仕方がないという結論に至る。
そして、メイの父の狩魔豪は、御剣検事の師匠。…そう、御剣検事とメイは兄弟弟子である。





「ねえなまえ、アナタそろそろ身を固めたらどう?」
「ブッ!!!身を固めるって……どういうこと?」

数日前、とあるカフェ店内。メイに呼び出された私は、紅茶を少しずつ啜りながらメイの話を聞いていた。仕事の話をしていたかと思いきや、急に私の身の上話に移り紅茶を少々こぼしてしまった。
メイは私の慌てぶりを見ながら口角をあげる。「ヤバイ」と思った時には既に遅く、彼女はいつも携帯しているムチを手に持つと、ビシッと私を指差しながら言い放った。

「聞かせてもらおうかしら……レイジとのその後を!」





正直、御剣検事と仕事を一緒にするようになったというものの、大した進展はなかった。そのことをメイに告げると、ムチを振り下ろす勢いで反論される。彼女がムチを使わないのは、店内だからであろう。そこら辺は、流石にわきまえているようだ。

「いいえ、少なからずあるはずよ!一緒に食事をしたり、どこかへ出かけたり……」
「全く」

首を左右に振りながら答える。メイは長い長いため息を吐くと、まだ半分しか食べていないタルトをフォークで少しだけとり、口へ運んだ。私は一瞬で食べ終わってしまったというのに……だからメイはスタイルがいいのか。
そんなことを流暢に考えていると、メイは突然何かを閃いたように顔をあげた。驚いている私をよそに、彼女はどこか嬉しそうに質問を投げかける。

「ねえ……なまえは、レイジの執務室に入ったことはあるかしら?」
「御剣検事の?うーん……何回かあるよ。捜査の時とか、法廷で使う資料集めを手伝ったりとか……」
「なにかもっと別のことで呼ばれたりしなかった?」
「別の?……御剣検事と一緒に、執務室で事件の事について意見を出し合った時はあったよ。そのあと紅茶を出してくれて   

それが何か?とメイを見ると、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべて言い放ったのだ。「時は来たわ。なまえ、告白するのよ。異議は認めないわ」と。
どこかの弁護士みたく「異議あり!」と叫びたかったのだが、メイは携帯を取り出すと素早く電話をかけた。相手に繋がるやいなや、「三日後に検事局の屋上へ来てくれないかしら。忙しいだろうから夜でいいわ。なまえがね、レイジに話があるらしいのよ。じゃあね、よろしく」と一方的に用事を告げると、ピッと電話を切ってしまった。言わずもがな、相手は御剣検事だ。
口をあんぐりと開けたまま空を見つめる私に、メイはにっこりと笑いかけたのだった。
そして、冒頭へと至る。





御剣検事は再び黙り込み、腕組みをしたまま微動だにしない。数分間の沈黙が、何時間にも及んでいるように感じられた。心臓が、耐え切られないほどに波打っている。
…私は、御剣検事のことが好きだ。だがその「好き」という感情は、先ほど本人の口からも言われた通り   いつしか、憧れや尊敬のようなものへと変わってしまったのかもしれない……でも。

「……違います」
「みょうじくん?」
「違います、憧れなんかじゃありません!私は、私は本気で……御剣検事のことが好きなんです!」

一緒に仕事をして、わかったことがある。
天才検事と称されている御剣検事は、天才と呼ばれるに相応しい程の"努力"を重ねてきていた。それは他人に知られないように、密かに…本人にとっては普通のことかもしれないが、私はそうは思わない。
この人は、検事という仕事に命をかけて向かっているのだと……そう思った。

そして、口から出てくる言葉に自分自身で驚く。長年留めていた想いが、溢れ出てきて止まらない。

「貴方の、事件に対する姿勢や、熱意に…惹かれたんです。御剣検事は厳しいけど、それは本気だから。私は、ダメな刑事です。自分一人じゃ何もできない。それを、御剣検事が変えてくれたんです。自分の足で、自分の目で確かめること。自分を、信じること……」

御剣検事は黙ったまま、動かない。

「全て、教えてくれました。……御剣検事の言う通り、憧れ、尊敬という言葉で片付けられてしまえば、それまでかもしれません。でも、私は御剣検事のことが好きなんです。これだけは……事実です。私の、正直な気持ちです」

御剣検事は、今度は驚くこともなく、目を閉じて私の告白を聞いていた。私の言葉が途切れると、目を開け、真っ直ぐに私の目を見据えてきた。黒い瞳が、私の目線と合う。眉間のシワは、消えていない。

暫くそのまま見つめ合っていたが、ハッと気付くと途端に恥ずかしい思いが込み上げてくる。告白した、という達成感と羞恥心とが交差し、ぶつかりあう。私の顔は今、目まぐるしく変わっているだろう。百面相の如く、ぐるぐると。

   失礼しました!」

途端にいたたまれなくなり、私は逃げるように階下へと続く階段がある扉の方へと駆け出す。……が、それは叶わなかった。私の手を、御剣検事が握っていたからである。振り返ることも、進むこともできず、私は夜空を見上げて立ち止まった。都会ではめずらしく、星々が輝いているのが見える。

「……待て。逃げるのは、卑怯だろう」
「逃げてなんかいません」
「いいや、逃げている。自分の言いたいことだけを伝え、相手の返事を待たないのは……卑怯だ。君は、容疑者の証言を聞いたらはいそうですかと引き下がるのかね?」
「いいえ。必ず、聞き返します。もう一度、念入りに…」
「……よろしい」

なぜ、御剣検事はこんな所でお説教をするのだろう。
肩を掴まれ、くるっと方向転換をさせられる。すると今度は、眉間にシワを寄せた御剣検事と星空が目に飛び込んできた。なんともミスマッチな光景である。
御剣検事は一度目を閉じると、続けてゆっくり開いた。不思議なことに、あれだけ深く刻まれていた眉間のシワが消えている。

そして私の両肩を掴んだまま、御剣検事は口を開く。そして次の瞬間には、視界いっぱいの赤と白の世界が、広がった。
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