隔たれた場所

蛍光灯の光が、部屋の無機質さを際立たせる。
時刻は午後2時を回ったところだろうか。私は今、留置所にいる。ある人物と会うためだ。

「……」

7年。7年もの月日が流れた。その間というもの、私は毎日ここに通い詰めた。今ではすっかり、係官の人とも顔馴染みになってしまった。

「……よお。毎日、飽きねェこったなァ」

ねっとりとした低い声。この声は、ジンだ。夕神迅。
彼は…7年前とは、全く変わってしまった。
前はこんな風に、意地悪そうに笑ったりなんかしなかったのに。そんな哀しそうな目をしていなかったのに。
私は、自分の奥底にある感情を見透かされないよう、何気ない話題を口にする。

「…随分伸びたね、髪の毛」

前髪の一部は白くなり、目の下には隈が増え、髪の毛も腰まであり、後ろで縛っている。
その変化一つ一つが、長い年月が過ぎたということを嫌でも物語っていた。

ジンは机をバンバンと叩きながらくつくつと笑うと、もっともらしいことを口にする。

「お前の位置からじゃ、俺の髪の毛なんざ見えねェだろ。それとも、なまえには目が3つあるとでもいうのかァ?」

確かに、私の位置からはジンの髪の毛は見えないはずである。
しかし、彼の髪質はくせっ毛。肩越しに、ぴょんぴょんとハネている毛先が見え隠れしていた。

「…それがさ、髪の毛があちこちにハネてるのが見えるんだよね。肩越しに…」
「ぐッ……」

法廷で相手に反論された時のように、ジンは低く唸ったあと黙り込んでしまった。私も何も言うことが無くなり、ただ座ったままじっと待つ。

寡黙の彼から話題なんて提供されることもなく、ただ時間だけが過ぎていった。

…もとより、今までもずっとこんな調子だったのだから、これが普通といえば普通なのだ。
ただ傍にいる、それだけのことなのに、私達には充分すぎる程の甘い時が流れたものだ。

そして、今もそれは変わらない。ジンが私のことをどう思っているのかはわからないけれど、少なくとも私は…前と変わっていないつもりでいる。
ここに通うことが、私の気持ちの表れだ。

「ねえ、ジン」
「あ?」

沈黙に耐え切れなくなり、遂に口を開く。
…そして、決まって出てくるのはあの話。さんざん話し合った話題。

「本当に、いいの?このままで」
「……もう……何回も、話しただろ」

目つきが鋭くなる。怒っているのだ。
もうその話はするな、と言っているのが目からひしひしと伝わる。

「係官!面会は終わりだ」
「ジン!ちょっと待って…」

今日こそは、きちんと伝えたいのに。
まだ事件を諦めていないこと、ジンを救おうとしている人がいること。
そして…たとえ本当に殺人犯だったとしても、私はいつまでもジンを信じて疑わないことを。

簡単なことなのに、うまく言葉にできない。
どうしてだろう。ジンの姿を見るだけで、胸が締め付けられる程に苦しくなる。
触れたいのに、触れられない。面会用に貼り付けられたアクリル板一枚が、私達の住む世界を隔てる。

「…なまえ」

自らの名を呼ばれ、俯いていた顔を上げる。
そこには、ひどく哀しい目をした迅がいた。
私がアクリルに手をつくと、ジンも、私の手と重なるように手をつく。

アクリル越しに、両者の手が重なる。私の手が、じんわりと温かくなる。

「……俺は、守らなきゃならねェんだ。お前も、アイツも」

そういうと、ジンはアクリルに自らの額を押し付けた。私も同じようにして、自分の額をガラスに押し付ける。ジンは目を閉じて少し深呼吸すると、アクリル越しに重ねていた手を私の頬の位置までずらした。優しい手つきだった。
私を見つめるその黒い瞳も優しく、哀しいものであったから、私はただアクリル板に手をついているだけのはずなのに両眼には大粒の雫が溜まってきてしまった。

きっと、この透明な板が無ければ私はすぐにでもジンを連れ出したことだろう。けれど、無情にもそれは邪魔をする。

「……じゃァな。今日はもうしめえみてェだ」
「……」

掠れた低い声が、機械から流れる。ジンが呟くと、係官がやってきて彼に手錠をはめた。
───カチャリ。毎日聞いている音。いつまでたっても聞き慣れない音だ。

ジンはこちらを振り返ることなく立ち去る……はずだった。いつもそうするのに、今日だけは違った。
独房へと続く扉が開き、姿が見えなくなる瞬間。ジンはこちらを振り向き、口を動かした。

「俺は大丈夫さ。心配ねェよ」

ニヒルに笑ったりなんかして、歯なんて見せちゃって。バタンと扉が閉まった後も、私は暫くアクリル板に手をついたままその場を動けなかった。



───夕神迅の刑が執行されるまで、あと一週間。



2013.08.05 修正

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