1500円

(小牧視点/葛藤と悶々)
 
 
 「……買っちまったよ」
 買っちまった、買っちまった。なけなしの金で。俺が。野郎どもばっかでむさ苦しい雑誌、を。さすがの俺には及ばずともそこそこイケるメンズ略してイケメン(死語)なモデルがいいかんじの服をいいかんじに着こなす雑誌じゃーなく、むしろ、そうだ、肌色ばっか、の――…
 「ホモ、じゃない。俺はべつにホモじゃない。なんつーか、なんてぇか、確認、そう、確認の為だよ。つーかホモじゃねんだから確認さえ無駄じゃね、これ買った金でエロ本買えばよかったんじゃねーの俺。どうした俺。まじ損だわー…………っつーヒトリゴト、ね」
 薄汚れた壁に吸収されゆく言葉に返る声は無く、狭い部屋での一人暮らしをひしひしと実感する。あいつが居れば、と、ごく自然に浮かんだ考えに左右へ頭を振っては溜め息ひとつと共に項垂れる。
 今日は、来てもらっては困るのだ。
 散らかり放題の部屋の中、床に素足でべたりべたりと円を描きながらぐるぐる部屋中を回って、ついでに無い頭も回転させてみる。が、やっぱりどうしたって踏み切る勇気が出ず、傷んだ髪をぐちゃぐちゃに混ぜるかのように乱雑な手つきでガシガシと頭を掻く。の繰り返し。
 しかしそう何度も繰り返していられないもので、数分後には湿り気さえ帯びる万年床に仰向けに倒れ込んだ。
 ゲーセンでとった某キャラクターもんのクッション、某リラックスさせてくれるクマのクッションを手繰り寄せ枕代わりに後頭部に敷いて、改めて眺める親指と人差し指のみで挟み持った新品の雑誌。これが、この雑誌が今のぐるぐる行動の原因である。この、ホモ雑誌が。
 「まー…あれだ、あれだよ。シャカイベンキョーみてぇなもんだろ。そうだろ。だよな。やっべぇ脳みそんシワ増える。天才。はは、」
 手の平に汗さえ滲む中、嫌というほど、穴があくほど眺めた雑誌の表紙を正面に両手で持って数十秒。恐る恐る、表紙から一枚捲ってみる。ああ、もー俺だめだ。なんか、なんか、なにこの背徳感。背徳感とか使える俺って頭良くね。今日冴えてるべ。ちょ、つーか真ん中くらいから超肌色ゾーン。
 一枚捲ってみればその後は楽なもので、それこそ射抜く勢いでページを捲った。未知だった世界、未知だった情報が大量に流れ込んで来て、容量の少ない頭は眉間のシワが深まるにつれキャパオーバーに近付いてゆく。痩せ気味の、今風の野郎が野郎に触れられる光景には違和感しか覚えないが、それでも。
 こんなに、いいもんなのか。
 明らかによさそうな顔をするもんだから、男同士ももしかしたら――…
 「なんて、思うわけねー……」
 やつれた。完全にやつれた。ああいう穴っつーのはさぁ、一方通行でいいわけだろ。一生、一方通行なもんだろ。胃がムカムカする、つーか、もー馬鹿じゃねぇの俺。天才が故の馬鹿、的な。ちげぇか。
 一通り捲り終えた雑誌は用無しとばかりに向こうへ放って散らかった床の仲間になってもらい、うつ伏せに転がる。長いクッションに頭を伏せても先程の生々しい光景は強烈に残り、消えてはくれない。
 ………ああ、でも、あいつならもっと、あんな野郎よりきっと、かわい…
 「くねぇよ、かわいいわけねーよ、何、なに、もーまじで頭沸いたんじゃね俺、はは、は」
 ぼんやり、無意識の内に良からぬ思考へ流れ始めた脳みそにストップを掛けて勢いよく起き上がった。両手は布団についたまま、熱い頭を冷やす術もなく頭だけ再びクッションに沈める。今の想像は無しだ、却下だ、悪い夢だ、魔がさしたんだ。
 不意に、頭とは違う部位。下腹部に微かに集まる熱を自覚しては衝撃にすこし固まった後、その原因が何か分からずともそれを考える前に困惑が勝る。
 しかしながら現象としては仕方が無いので、突っ伏した体勢でそばにある潰れた箱ティッシュをずるずると引き摺り寄せる。が、それを使ってしまっては己の中のなにか、が崩壊する気がして箱を握るだけで終わってしまう。
 「あーもー…なんなんだよ、……くそ」
 既に潰れているティッシュ箱を握って、力無く壁に投げる。ぱこん、と、頼りない軽い音がして床に落ちた。


 熱はまだ、冷めない。


 




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