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 煉瓦作りの、レトロ感漂う料理店。個人経営の為か店内はそれほど広くなく、仕切もない。テーブルも十席程度のこじんまりとした所だ。世良さんにここを紹介した丹さんに半ば無理矢理連れてこられた俺は、そこそこ客入りしている店内の一番奥の座席で丹さんと共に料理をつついていた。
 視線を巡らせれば、入口から一番近い座席に世良さんが座っていて、俺達の座席からあの人の様子がなんとか見て取れる。ばれてしまいかねないのでジロジロと観察は出来ないが、世良さんは普段よりも一層落ち着きがなく、何度も携帯を開いたり閉まったりを繰り返していた。

「初々しいよなあ」

 丹さんはしみじみとした口調で呟く。主語もない台詞だけど、世良さんのことを指していることはすぐに分かった。傍目にも、恋人と待ち合わせしていて緊張している風に見える世良さん。そんな世良さんを、丹さんは羨ましそうに眺める。

「俺ももう一度ああいう緊張してみたいねえ」
「丹さん今フリーなんでしょ?新しい彼女作ればいいじゃないっすか」
「分かってないなぁ赤崎は。それなりに場数を踏んで恋愛に慣れちゃうと、あのドキドキ感は多少なりとも薄れちゃうんだよね。緊張しなくなるってわけじゃないけど」
「はあ……年取ると色々あるんすね」

 お前俺を年寄りだと思って馬鹿にしてるだろ、と丹さんが喚いていると、カランカランとベルが鳴って店のドアが開いたことを知らせる。二人してそちらを見れば、入ってきたのは一人の20代後半くらいの若い男だった。

「なんだ、世良の彼女じゃなかったか」

 世良さんの待ち合わせ相手ではないと知った丹さんは、食事を再開する。俺もそれに倣おうとしたが、男が向かった先を見て驚き手を止めた。

「丹さん、あれ」

 小声で世良さんの方を指し示す。先程店に入ってきた男は、世良さんがいるテーブルについたのだ。

「え、あれが世良の待ち合わせ相手?」
「……どう見ても男っすよね」
「ってことは本当に友達に会うだけだったんだなあ」

 緊張を孕みながらも、キラキラという音がしそうな笑顔と瞳で、世良さんは相手の男と会話している。そんなに好意を持つ人なのかと思い、相手の顔をまじまじと見詰める。そこで俺は、あることに気付いた。

「丹さん」
「なに?」
「あの人、寺内さんじゃないっスか? ガンナーズの」
「……本当だ。しっかしなんで世良が寺内と会ってんだ?」

 俺は知らないと口にする代わりに肩を竦めた。
 サッカー選手ということ以外に二人には共通点らしいものは思い当たらない。方や日本代表にも選ばれている有名選手、方や今年からようやくスタメンに選ばれるようになった知名度もまだまだの選手で、ポジションも違えば年齢も違う。二人が友人となるきっかけなんて……。

「あ」

 そこで思い出した。リーグ前半でのガンナーズとの試合のことを。最後の最後に逆転ゴールを決めた世良さんは寺内さんと接触していたはずだ。多分、それがきっかけなんだろう。
 サッカーはぶつかり合う競技だ。選手同士の接触なんてしょっちゅうで、相手が怪我を負うこともある。そうした場合、怪我をした選手に接触者からなんらかのアクションだってあるだろう。まあガンナーズ戦でのあれは、突っ込んでいった世良さんが悪いので、寺内さんが責任を感じる必要はないものだったけど。

「日本代表選手相手なら、そりゃ世良も店選びに慎重になるよな」
「まずいものを食わせないようにって?」
「いやいや、味も勿論大事だけど俺が言いたかったのは、周りに顔がばれないかどうかってところ」

 そういえば、世良さんは出来れば穴場の店がいいとか言っていたっけ。あの時は世良さん自身の顔ばれを危惧してるのかと思っていたけど、どうやら俺の読み違いだったらしい。

「…………」

 俺だって五輪代表に選ばれてる身だ。だけど、一緒に食事に行く時に世良さんがそんな心配をしてくれたことなんてない。普段から頭を使うのが不得意な人だから、多分そういうことに頭がまわっていないんだろうけど。

 寺内さんと話し込んでいる世良さんを盗み見る。心なしか顔が紅潮しているように見えた。果たしてその理由は、自分よりも優れた才能を持つ同業者に対する憧れからなのか、それとも───。


 証拠があるわけでもないけど、俺は後者なんじゃないかと確信めいた思いを抱いた。


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