終わるはじまり(頂き物) | ナノ

終わるはじまり




ああ、なるほどな、と思ったのだ。薄暗い無人のピッチを駆ける楽しそうな横顔に、才能だとか持ってうまれたものだとか、世良にはないものをつきつけられた気がした。
緑のネットの向こうでは、椿が躍動し、生きている。
(楽しいだけじゃ、生き抜けねえもん、俺)
(いいなあ椿)
(いいなあ)
(ああいう風に、なりたかったなあ)
いつもの声も笑顔も出そうになくて、椿に気づかれる前にそのままひとり、とぼとぼ足を動かした。藍色の空にはきらめく星など見えなくて、ただぼやけた月がにじむように浮かんでいた。
自分から背を向けたくせに、椿が遠ざかったような気がした。

****

「おまえ世良さんに何かしたの?」
「えっ」
「なんか世良さん、椿のこと避けてね?」
(やっぱり)
休憩時間になっても、世良は椿の近くにはいなかった。
原因も理由もわからないけれど、世良に避けられている。正反対とも言える性格の椿とも、何のためらいもなく接する世良に避けられているという現実は、予想以上の衝撃を持って椿の頭を撃ち抜いた。
「やっぱ俺、避けられてますよね……」
「あのひと、いらないところで普通に振る舞うのうまいから、いつも通りっちゃいつも通りだけど」
す、と動いた赤崎の視線の先には、湯沢に背後からのしかかられて何事かわめいている世良がいた。確かにそれはそれで、いつも通りの光景で。
(でも、)
それでも距離が。
(遠いなあ)
避けられているとはっきり自覚してしまったからには、自分から話しかけに行くことなどできなくて、そもそも自分から話しかけなくとも世良は毎日笑顔を向けてくれていたんだなあと、避けられている気まずさの中に何か、すこし照れくさいような気持ちが一滴、じわりとにじんだ。それが尚更現状をつきつけて、椿の心を渦巻かせる。
「……俺、何かしたかな……」
(怒らせたのかな)
(きらわれた、のか、な)
「……暗すぎだろおまえ……」
呆れたようにため息をこぼして、赤崎はそう言うけれど。
(ザキさんは、世良さんと仲いいから余裕なんだ)
(俺だって世良さんになつきたいっていうか、仲良くなりたいっていうか)
(先輩と後輩で仲良くなるっておかしいけどでも)
(でも、)
(好きなのに)
(嫌われたく、ないなあ)
その日の午後は案の定、ミスしかないという有り様で、赤崎とジーノの呆れて冷めた視線が痛かった。その視線に身をすくめながらも、散り散りになった思考回路で、世良のことだけ考えていた。

***

視界の隅で、椿と赤崎が並んでいる。
「世良さん今日は、椿になつかない日なんですか?」
「は?」
「いつもかわいくじゃれてるのに」
「…………おまえの目ってどうなってんの」
「よく見える目ですけど」
「あっそう」
そう長くもない休憩時間、世良は湯沢の横を選んだ。横というか、湯沢の顎は背後から世良の頭に乗せられている状態で、言いたくはないけれど、湯沢の下にいるようなものだった。湯沢はなぜだか世良の頭がお気に入りらしく、以前佐野に、世良の頭は湯沢の定位置だなとまで言われてしまったことがある。これまた認めたくないけれど、身長的にちょうど具合がいいらしかった。
「で、喧嘩?は、ないか。何かすねてるんですか世良さん」
「すねるってなんだよ!つか重い!どーけーよ!後輩のくせしておまえはよ!」
「大事な先輩がいつもと違うから、かわいい後輩は心配してるんですよ」
降ってくる声音がふいに調子を変えて、世良の気勢をぼろりと崩した。
「……俺、そんなにいつもと違うか?」
「正直あんまり変わりませんけど、でも、椿が悲しそうにしてるから」
大仰に心配したり問いただしたりはしない湯沢は、それでも世良になついているし、椿のこともよく見ていた。
「避けるよりは、話しあったほうがいいんじゃないかなとは思います」
勢いまかせに踏みこみはしないし、いつでも無条件に世良の味方をすることもない湯沢のその距離が、今の世良にはありがたい。
「世良さんもそれで、元気になるなら尚更ね」
(そうだよな)
(距離をおいたり、したら、悲しませる)
(それは、やだなあ)
背の高いやつは、物事がよく見えるのかもなと、頭をよぎった戯言に、本気で少し、大きくなりたいと思った。いつの間にか湯沢の大きな、そのくせ薄い掌が、世良の頭を撫でていて、
(あと5秒、こいつが俺を撫でてたら、)
(椿にちゃんと謝ろう)
5秒などあっという間に過ぎることを、頭の隅ではわかっていた。

***

(それでおんなじような状況選ぶとか)
(馬鹿だよなー)
つい最近も見た光景。夕焼けも消えたピッチの片隅で、自主練を終えた椿がボールを抱えて歩く姿を眺めている。前に見たときには、ボールを片づける様子さえリフティング混じりに楽しそうだったけれど、今日は地面に目を落として全身でしょんぼりとうなだれていた。
(あいつ今日、ミスばっかだったもんな)
それはおそらく自分のせいなのだと思うと、申し訳ない一方で、
「椿ー」
「え……えっ!?せっ、世良さんなんで……!」
椿の腕からぼろぼろと、ボールが散らばった。その中のひとつが、世良の足下へ転がって、それをスニーカーで受け止めた。
「今日、ごめんな」
「え」
「昼間、避けてたっつーかまあ近づかなかったけど、おまえが何かしたとか、そういうんじゃないからな」
「あ、あの、でも、じゃあ、でも、どうか、したんですか」
「は?」
「俺は何もしてなくても、世良さんが何か、落ちこむ、みたいなことが、あったのかな、と」
心配と遠慮と優しさ混じりに世良を気うその、顔が。
(ばか)
(おまえのことだよ)
(ばーか)
椿への、嫉妬のような羨望のような、世良の気持ちの核心を覆い隠していたものを、ふわりと、取り払って、
「椿さ」
「はい?」
「サッカー好き?」
世良の口を、中途半端に軽くした。
「す、好きです」
「うん、俺も」
(椿が好きだよ)
(なんちゃって)
(なんつー告白ごっこしてんの、俺)
椿の一挙一動を目で追って、ほんの小さな気持ちの触れあいに馬鹿みたいにはしゃいで、すれ違いには落ちこむ、そんな日がすぐそこで待っている予感がした。確信にも似たその感覚に、身をまかせてもみたかった。けれど世良は、サッカー選手で、先輩で、今でも既に必死になって、自分の居場所を抱えている。ざわめく予感と引きかえには、とてもじゃないけれど手放せなくて、待ってはくれない明日のために、言葉も気持ちも、飲みこんだ。
(恋とか、)
(しちゃってたよ、椿)



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