試合中の時ような荒い息遣いに、次から次へと額に浮く汗。そして、脊髄を突き抜けるまばゆい快感。
もっともっと快楽を得たくて腰を動かせば、俺の下にいるその人は喉を反らす。天井を向いた顎には手入れされたささやかな髭。そこは唾液に濡れていて、扇情的な光景に俺は思わずごくりと喉を鳴らした。
「世良さん……」
上半身を屈めて唾液まみれのそこを舐める。抉る角度が変わったからか、世良さんからか細い嬌声が上がった。
「あっ……椿ぃ……」
するりと伸びてきた世良さんの指が俺の頬を撫でた。目を細めながらそれを享受する。
「世良、さん……」
動きを再開してもいいか尋ねれば、世良さんはこくこくと頷いた。許しを得た俺は夢中で突いて引く。
「世良さん……っ!」
俺は最後の瞬間に、目の前の愛しい人を抱きしめて幸福に浸った。
――だけどそれは俺の脳が勝手に作り出した幻であり願望であり、そして夢で。
自分の欲望が凝縮されたようなその夢から覚めた俺は、下着の中の不快感に一層気分を落ち込ませ、額に手を当てた。
俺はなんて欲深い人間なんだろう。
ずっとずっと大好きだった世良さんと付き合えるようになっただけでもこれ以上ないくらいの奇跡なのに、くっつきたい、手を繋ぎたい、キスしたいってどんどん欲張りになって。
それから今度は――それ以上のことをしたいって欲まで出てきてしまった。
「……はぁ」
「椿、なんかあった?」
ミニキッチンで飲み物を用意してくれていた世良さんから声をかけられた俺は、びくりと肩を揺らした。
「麦茶でいい?」
「ウス」
世良さんはグラスを両手に持ち、世良さんのベッド端に腰掛けていた俺の隣に迷わずやってきた。
付き合うようになってからは珍しくもない並びに、今日は必要以上にどきどきとしてしまう。それもこれも、朝あんな夢を見てしまったからだ。
やっぱり今日は世良さんの部屋にお邪魔せずに距離を置いておくべきだったかな、とちらりと後悔するが、そうすれば誰とでも親しい世良さんは簡単に遊び相手を見つけて、その人と過ごすに違いない。それは嫌だった。
ああ、またここでも欲が。
落ちていきそうな気分を留める為、俺は麦茶を口に含んだ。
「今日はどーすっか……ゲーム機は壊れて修理に出してるしなー」
「DVDでも見ます?」
「つっても、どれも見たやつばっかだし……あ」
「なんかありました?」
「椿が見たことないDVDはあるけど、これ丹さんから回ってきたAVだしなあ」
俺は盛大に、麦茶を口から霧状に噴射する羽目になった。
「なっ、なっ……」
「おいおい大丈夫か?」
世良さんは近くにあったタオルで俺のジーンズを拭く。服越しとはいえ、いきなり下半身に触れられれば否応なしにあの夢が思い起こされてしまい、俺は慌ててタオルをひったくった。
「だ、大丈夫っスから! 自分で拭きます!」
「お、おう……」
俺の剣幕に世良さんはちょっとびっくりしたみたいだった。変に思われちゃったかな、なんてどきまぎしながらジーンズを拭いていると、世良さんは小さく笑った。
「どうかしました?」
「いや、椿って本当純情だよなあって思って。AVって単語にそこまで動揺するなんてさあ」
確かにいきなり世良さんがAVなんて言い出すもんだから驚きはしたけど、俺の動揺の理由は世良さんなのに。だけど本当の事情は言えないからそこは黙っておく。
「椿にはまだ刺激が強すぎるよな。お前はそういうのとは無縁そうだし」
「え」
「なんていうか、サッカーに夢中でエロいことに興味なさそうだよな」
唐突によぎった既視感。
こういう台詞を、俺は学生の頃から散々言われてきた。部活の仲間内で性的な話題が出ると何故か、お前にはまだ早い、なんて言われることもしょっちゅうだった。
そりゃ免疫はあまりないけど、俺だって一応男なんだけどな。だけどこの性格がいけないのか、どうも誤解されやすい。
まさか恋人の世良さんにまでそう思われていたなんて。それは流石に複雑な気分だ。世良さんは俺とキス以上のことをしたいって思っていないのかな。俺だけが望んでいることなのかな。
「……椿?」
急に黙りこくった俺を世良さんが横から見上げる。心配そうに伸ばされた世良さんの手を、俺は咄嗟に掴んだ。
「世良さん」
「……どした?」
「俺、世良さんが思ってるほど純情なんかじゃない、です」
「え、うわっ」
やや幅が小さい肩を押して世良さんの身体をベッドに沈ませる。そのまま起き上がれないよう、上に覆いかぶさって牽制する。
勢いでつい大胆なことをしてしまったけど、多分こうでもしないと世良さんに本当の俺は伝わらない気がするから。
「つ、椿?」
「ビビりで、情けないとこも沢山ありますけど……俺だって男なんですよ?」
「そんなの、いくら馬鹿な俺でも分かってるっての!」
「……分かってないです」
世良さんが声高になったのは、いつもとは様子が違う俺に不安を感じているからなのか。世良さんには悪いなとは思うけど、こんな俺も受け入れて欲しいと思うのはやっぱり我が儘なんだろうか。
「世良さん」
コツンと額と額を合わせて、視線を外せないようにする。世良さんは恐る恐るといった様子で俺を見ていた。
「俺にだって、その……人並みに性欲くらい、あります」
「そっ、そんなこと言わなくていい!」
「言わないと、世良さんはきっと俺のこと、誤解したまんまですから」
「うっ……」
図星なのか、世良さんは言葉を詰まらせる。
「すみません、世良さんを困らせるつもりじゃなくて……あの、ただ、世良さんにだけは本当の俺のこと、知ってもらいたいな、って……」
「……うん。俺も、ごめん」
世良さんの腕が俺の背にまわり、ぎゅうっと抱きしめられる。それがとても嬉しかった。好きなのは俺ばっかりじゃないんだと思えて。
「あの、世良さん。もういっこ、話しておきたいことがあって」
「ん?」
「その、言いにくいんですけど……」
「うん?」
「今日の朝、俺世良さんと……エッチしてる夢を見たんですよね」
「…………」
てっきり驚きの声があがると思っていた俺は、あまりにも静かな世良さんの反応に戸惑う。もしかして引かれたかな、と内心焦りを感じ始めた頃、世良さんの顔がみるみる内に真っ赤に色付いていった。
「おまっ、なんでんなことをわざわざ……!」
「いや、この際世良さんに全部打ち明けておこうかと思って……あの、駄目でしたか?」
「駄目っていうかさあ……」
赤い顔を逸らす世良さんを見て、はたと気付く。
世良さんを押し倒して下にしているこの体勢って、なんか今朝の夢みたいじゃないか? そう思ったらもう駄目だった。
「〜〜〜〜っ!」
下半身によからぬ熱が集まりそうになるのを感じて、慌てて世良さんから離れた。ベッドから下り、背を向けてフローリングの上で膝を抱える。
「椿?」
世良さんが心配そうに俺の側に寄ってくる。
「すいません、あの、夢のことをつい思い出しちゃって……」
それだけで世良さんは事情を察してくれたようで、ああと言いつつ頬を掻いた。
「椿、俺だって同じだからな」
「え?」
「俺も興奮してる。俺はさ、てっきりお前が手を繋いだりキスしたりするだけで満足なのかなって思ってたから」
「そんなこと、」
「大丈夫、今はちゃんと分かってるって。椿がしたがってくれてるんだって知って嬉しかったんだぜ?」
世良さんは恥ずかしそうに照れ笑いした後、俺の耳元に口を寄せてくる。
「だからさ、お互いちゃんと準備が出来たら……その時は、椿が今日見た夢を正夢にしような?」
そんなことを耳打ちされたもんだから、俺の頭は今ならお湯を沸騰させることが出来るんじゃないかってくらい熱くなり、俺はこくこくと頷くことしか出来なかった。
これから先もきっと、俺はこの人には敵わないだろう。
終