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「世ー良ー」

 ウィッセル神戸との試合の後、バスの中で世良は後ろの座席に座る清川から声をかけられた。

「お前、俺がゴール決めた時どさくさに紛れて蹴り入れやがってコノヤロー」

「いや、あれはキヨさんのゴールを喜んでのことで……ねっ?」

 世良は必死に弁解するが、清川は世良の座席の背もたれから身を乗り出すと、世良のほっぺを引っ張った。

「お前なー、俺一応先輩なんだぞ?」

「いひゃひゃ、すいまふぇん」

「悪かったと思うんなら、誠意を見せろ」

「……誠意?」

 ほっぺを解放された世良は、目をぱちくりさせて清川を見上げる。清川はにやりと笑うと、あるものを持ち出してきた。


「ぎゃははー! 世良、なんだよそれー!」

 先程のやり取りから数分と経たないうちに丹波の笑い声があがる。世良は少し不服な顔で、誠意っスよと呟いた。

 清川が持ち出してきたのはヘアゴムだった。それもただのヘアゴムではない。清川が女性ファンから貰ったらしい、ピンク色で苺の飾りがついたヘアゴムだ。
 世良は前髪をそれで括られていた。勿論、今のこの世良を丹波がいじらない訳がない。

「よっ、世良子ちゃん!」

「あはは、可愛いじゃん」

「もーっ、みんなしてからかって! キヨさん、これ外したいっス!」

「俺がいいって言うまではダメ」

「ええー!」

 清川の無情の答えに世良はうなだれた。その拍子に、括られて上を向いていた前髪が揺れ動く。

「まあまあ、世良」

 傍らに寄ってきた丹波にポンと肩を叩かれた世良が顔を上げると、車内にシャッター音が響いた。丹波が手にした携帯を見て、世良は写真を撮られたのだと気付く。

「よぉーし! この写真、有里に渡して広報で使ってもらうか!」

「げっ! 止めて下さいよお!」

 世良は丹波の携帯を奪おうと奮闘するが、丹波とぎゃあぎゃあと騒いでいたところを村越に一喝される羽目になったのだった。



 遠征先のホテルで、そろそろ就寝しようと寺内がベッドに腰かけた時、携帯からメールの着信音が流れた。

「悪い、小室」

「大丈夫ですよ。まだ寝てませんでしたし」

 隣のベッドで横になっていた小室を起こしてしまったのではと思い、寺内は慌ててマナーモードに切り替える。
 それからようやくメールを確認すると、差出人は最近ちょくちょくメールのやり取りをしている世良からだった。試合後に起こった出来事を記したそれは、ETUの仲の良さと世良が可愛がられていることを窺わせた。

(あ、写真が添付されてる)

 写真は丹波が撮った例の世良だ。きょとんとした表情と、前髪がまとめあげられて曝されたおでこ、それに飾り付きのゴムが世良の容姿を実年齢よりも遥かに低く見せていた。
 寺内は反射的に口元を手で覆った。今自分は絶対ににやけているという自覚があったからに他ならない。

(――可愛い)

 彼は迷うことなく、その写真を待受に設定した。それから、嬉々として世良への返信メールを打ち始める。隣のベッドからそれを横目に見ていた小室は、寺内さんにも春がやってきたんだなあと思いながら目を閉じ眠りについた。

 その少し後、世良は寺内から「可愛い」と連呼されたメールを送られて赤面することになるのだった。



寺内には写真も見せ、彼の「可愛い」発言には赤くなっちゃう世良!
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