太陽の裏側 | ナノ


 明るくて元気を通り越してきゃんきゃんうるさくて、でも憎めない愛されお馬鹿キャラ。

 それが皆にとっての世良のイメージだろう。
 そして周りが俺、丹波聡に抱くイメージは多分、年齢の割に若い奴らと一緒になってはしゃぎまくってるムードメーカー、といったところか。

 でもイメージなんてものは所詮個人の想像が形作った不確定なものでしかない。なのに人間って奴は、それを信じて疑わないし、それを勝手に押し付ける。
 だから本当の姿に触れることが出来ないんだ。





「どうせ俺なんて、ETUには必要のない人間なんスすよ」

 誰かに見られることも盗み聞きされる心配のない俺の家で、世良は覇気のない口調で吐き出した。
 俺がプロになったばかりの頃に一目惚れして即買いした赤いソファの上で、世良は体育座りをして俯く。ただでさえ小さな身体を余計に小さくしてどうするんだよ、なんて軽口は今の世良には届かない。

 世良はお馬鹿だけど、だからって悩んだり葛藤しないわけじゃない。でも、それを周りには悟らせないよう一人で抱え込んでしまう。その気持ちは、俺にだってよく理解出来た。俺も世良と同じようなキャラだからね。

 場を盛り上げたりするムードメーカーって奴は、どうしたって周りに負の感情を表現させにくい。
 キレたり落ち込んだりすれば大袈裟にとられ、イメージとは違うと困惑されるし、不安がらせてしまったり、らしくないだなんて言われてしまう。要は、常に明るく振る舞うことを求められているのだ。
 それを身を持って知っている者同士だからこそ、世良は俺に弱いところもぐちゃぐちゃとした感情も見せることが出来るし、俺はそれを受け止めることが出来る。

 試合に出して貰えない苛立ちも、実力ある後輩の台頭に焦る気持ちも、自分の存在意義が見えなくて腐る気持ちも。

「俺はお前が不必要だなんて思わないけど」

「タンさんは思ってなくても、きっと皆はそう思ってるんスよ。俺、全然上手くないし」

「そんなことないだろ」

「そんなことありますよ。俺がいなくなったって、誰も困らないんだ」

 額を、揃えた膝頭に押し付けて、世良は自分で傷をえぐるような言葉を口にする。俺はまたそれを否定しながら、横から世良の肩を抱いて小さな身体を引き寄せた。

 辛い時や苦しい時、いくら自分で「頑張れ、負けるな、自信を持て」と自分を奮い立たそうとしても限界な時がある。自分ではない誰かの言葉じゃないと駄目な時がある。
 だからこうして、フラストレーションが溜まってどうしようもなくなった世良に弱音や愚痴を時々吐き出させていた。

「世良の頑張りが実を結ぶ時は必ずくるよ」

「……本当に?」

「諦めなきゃ、な。良い時も悪い時も、どちらにしろ必ず終わりがやって来るもんだよ。ETUだって、苦しい時期もあったけどまた1部に戻って来れたんだからさ」

「…………ウス」

「苦しくてどうしようもない時は、また俺んとこ来ればいい」

「でも、いつも迷惑かけてんのんに……」

「んなことないって。それにさ、俺が苦しい時は世良に慰めてもらうからいいんだよ。それならおあいこだろ?」

 な?、と問い掛ければ世良は顔を伏せたまま頷く。

 世良は俺に対して、手を煩わせてしまっていると思っているようで、散々吐き出した後はいつも申し訳なさそうに萎んでしまう。俺としては弱音も苦悩もコンプレックスも全部含めて世良が好きだから、そういう面を見せてくれるのも頼られるのも嬉しいし、何より俺だけが知っていると思うと独占欲が満たされる。
 だから世良を独り占め出来るこの時間が俺は好きだった。

 だけど、達海さんが監督になってからはそれはなくなった。スタメンとして起用される機会が増えたことで世良に自信がついたからだろう。夏木が復帰した時にはまたその自信もぐらついて、少しネガティブな思考に陥っていたようだったけど、足を捻挫して間もなくそれは見事に霧散していた。

 不思議に思ってちょいと探りを入れたら、どうも堺の奴がしょぼくれていた世良に発破をかけたらしい。同じFWだから殊更に堺の言葉が世良の心に影響したんだろう。ポジションが違う俺には出来ないことだ。
 俺はどうしようもなく嫉妬した。世良が元気ならそれでいいじゃないかと思いたいのに、俺の中の汚い感情がそうさせてくれない。

 不必要な人間。
 いなくなっても困らない。
 世良があの時口にした単語が、ぐるぐる回って俺の心を掻き乱していた。
 俺はもう世良にとっていらない人間なんだろうか。……それって結構、きっついなあ。

 切実に世良に、そんなことないっスよ、って否定して欲しくなった。


「タンさん」

 人気も疎らになったクラブハウスで、すれ違いざまに世良から声をかけられた。一瞬、期待の感情が突き抜けるけど、世良は相変わらず調子が良さそうでちょっと落胆する。
 勿論、そんな素振りは決して見せないけれど。

「なあに?」

「最近ちょっと元気ないっスよね」

 鈍感そうに見えて他人の感情の機微に敏感。これも世良の意外な本質の一つだ。そういうところも俺はやっぱり大好きだったりする。

「そう?」

 世良に嘘をつくのは忍びないが、本当のことをいう訳にもいかない。だって、世良に弱いまんまでいて欲しいなんて身勝手なことを願っているのが知れたら、きっと軽蔑されてしまう。そんなの嫌だ。大好きな相手だからこそ、嫌われることが何より怖い。

 世良の表情が曇って、ぎゅっと唇を噛み締めているのが見えた。俺の嘘を感じ取ったのかもしれない。

「……ずるい」

「世良?」

「なんで、隠すんスか」

 責め立てるように、服の裾を引かれた。
 反論なんて出来ない。世良ばかりにさらけ出させといて自分のことは見せないなんて、確かにずるいと言われても仕方ないからだ。
 分かっている、分かってはいるけども、どうしようもないじゃないか。

「隠しておかないと、世良はきっと俺を嫌いになるから」

 半ばやけくそ気味に本音を漏らせば、世良は面食らったような顔をした。直後、その顔には怒気が宿る。

「なんスか、それ」

 引かれていた裾を強く握られて、服には皺が寄る。世良はそんなことには気付いていないようだ。

「俺がタンさんを嫌いになるなんて、そんなことない」

 まっすぐな瞳で俺を射抜いてくるもんだから、俺はその言葉に縋りたくなった。

 いいのかな、世良に全部ぶちまけちゃって。俺のろくでもないところ見せて、それでも軽蔑しないでいてくれるって、期待しちゃってもいいのかな。

「……ねえ、世良」

 俺の服を握っていた世良の手を解いて、今度は俺がその手を引く。

「久し振りに、俺ん家に来ない?」

 世良は間を置かずに頷いた。



 クラブハウスから俺の家に来るまで、俺も世良も一言二言しか発しなかった。俺は柄にもなく緊張していたからだけど、世良の方はまだ怒っているのかもしれなかった。
 ソファに二人で並んでコーヒーを啜っていると、自分のテリトリーということで安心したのか、自然と言葉が出てきた。

「俺はさ、世良が俺だけに弱いところを見せてくれるのが嬉しくって、お前を励ましたり慰めたり出来るのは俺だけだとか思い上がっていたんだよ」

 ローテーブルにカップを置く手がちょっとだけ震える。情けないなあ、俺。

「そんで、監督からの信頼とか堺の言葉でここんところ調子よさそうなお前を見てたら、不安になった」

「……不安、スか?」

「そう。俺は世良にとってもう必要ないのかなって」

 世良は顔を上げてじっとこちらを凝視する。
 その口から出るのは肯定か否定か。

「……俺だって、いつも不安だったっスよ」

「へ?」

 世良の答えはどちらでもなく、全く予想外のものだった。

「俺ばかり毎回タンさんに助けてもらって、でもタンさんは何かあったって俺には全然頼ってくれなくて……俺にはタンさんが必要だけど、タンさんにとってはそうじゃないんだって、ずっと」

「……世良」

 俺の前で押し殺した感情を吐き出した後の世良の顔を思い出す。俺に対して申し訳なさそうにしていたあの顔にはもしかして、寂しさも含まれていたのかもしれない。
 すぐ側にいたのに、俺はなんにも分かっちゃいなかった。

「誤解させて、御免」

 未だに震える手で、いつものように世良の身体を横から引き寄せる。

「タンさ――」

「好きだ」

 次から次へと、堰を切ったように世良への気持ちが際限なくわいてくる。だからだろうか、自分でも驚くほどするりと言葉が出てきた。

「俺にはお前がいないと駄目なんだよ、世良」

 世良の肩に寄り掛かり、自分を預ける。世良の誤解を少しでも取り除きたくて。

「……俺だって同じっスよ」

 世良も力を抜いて俺に寄り掛かる。

「俺にだって、タンさんがいてくれないと駄目なんスよ。俺がここまでこれたのはタンさんが側にいて支えてくれたからで……確かに監督や堺さんにも助けられましたけど、それでも俺にとって特別なのはタンさんっスから」

「……気持ちも?」

「気持ち?」

「同じってことは、世良も俺のこと好きって解釈していいの?」

「そんなの、タンさんならもう分かってるくせに」

 好きに決まってるじゃないっスか、とちょっとだけ拗ねたような口調で言ってくれるもんだから、俺は堪らず世良を抱きしめた。

 俺は31歳で、これから先はサッカーの事にしろなんにしろ、しんどいことの方が沢山待ち受けている筈だ。今みたいに馬鹿騒ぎできなかったり、上手く笑えないことだってあるだろう。
 でも、世良が側にいてくれるんならきっと大丈夫だって、心の底からそう思った。


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