まさしく彼は王子様! | ナノ





 立派な額縁に納められた絵画。
 どこぞの有名アンティークらしい純白のカップ。
 そして一人暮らしの生活において、明らかに不必要な程集められた椅子達。

 世良は今、ジーノの家にお呼ばれしている真っ最中だ。
 ETUの王子様である彼と特別な関係になってから、何度も家に足を踏み入れている世良だが、相変わらずどこもかしこも高級そうな造りで些か緊張してしまう。

「セリー」

 使うのが憚られてしまうくらい清潔で、気品さえ感じられるトイレから世良が戻ると、いきなりジーノに名前を呼ばれた。今はジーノの家で二人きりだというのに、そこに甘さは含まれていない。その理由に、世良はすぐ気がついた。

 原因はジーノの、真っすぐ伸ばされた人差し指と中指の間に挟まっているカードだ。

「な、なんでそれ……!」

 世良は傍目から見ても分かるくらい狼狽えた。何故王子に隠れて持ち歩いていたそれを、よりによって王子が持っているんだと軽くパニックになった世良は、ジーノの足元に転がり散乱する自分の荷物を見つける。家に来て早々にソファへ置いやられた世良のバッグは、何かの拍子に落ちてしまったらしく、中に収まっていた財布やら携帯、ペンやiPodその他諸々が飛び出していた。
 恐らく、ジーノはそこから見つけたのだろう。

 傷がつかないよう、カードスリーブに大事に仕舞われたリーグジャパンチップスのカードを。

 世良はジーノの手中からカードを取り戻そうとするが、ジーノはその気配をすかさず感知して、ひらりとかわす。しかし世良は諦めない。なんとかカード目掛けて手を伸ばしていく。頑張る世良を尻目に、ジーノは無情にも手を頭上に掲げた。
 ジーノ176センチ、世良恭平166センチ。その差、丁度10センチである。当然、縦の勝負になれば世良ではジーノに敵わない。

「ずるいっすよ、王子!」

 爪先立ちをしても届かない現実に、世良は情けない顔になった。焦燥気味の世良にジーノは空いている手で制する。言外に待てと態度で示された世良は、渋々従った。

「どうしたんだい、これ」

「……当てたんすよ、リーグジャパンチップスで」

 改めてジーノはカードをしげしげと眺めた。
 パス或いはシュートを繰り出そうとして、左足を振り抜こうとするETUの10番――つまり、ジーノ本人のカードを。

 今でこそ堺の言葉を受けてチップスを食べることはなくなった世良だが、カード目当てで時折リーグジャパンチップスを購入している。因みにチップスの方は全て達海の胃袋行きだ。
 そんな折、彼は運良くこのジーノのカードを引き当てたのだ。もしかするとチップスを我慢している世良に神様が御褒美をくれたのかもしれない。

 カードを引き当てた喜びをジーノにも伝えようとした世良だったが、彼はあることを思い出した。

 カードの裏には身長や体重、ポジション等の選手のデータが記されている。もちろん、フルネームもだ。
 ジーノは自分の本名をあまりよく思っておらず、周りには本名で呼ばせないよう徹底している。実際、達海が当初ジーノに対して「吉田」と連呼した時は顔を引き攣らせていた。
 そんな彼だから、当然本名が記載されたカードを見たら快くは思わないだろう。だから世良は、ジーノに見つからないようにカードを財布の中にしまい込んでいたのだ。

「もうっ、返して下さいよ! それ大事にしてるんスから!」

 気分屋な王子様の機嫌が悪くならないうちにと、世良は焦ってジーノに迫る。

「へえ」

 世良の訴えなど全く意に介していない様子でジーノはスリーブからカードを抜き取った。

「え」

 思いもよらない行動に世良は固まる。まさかこのままカードを破棄しにかかるのかと内心穏やかではない。
 捨てられる? それとも破かれるとか?
 良くない想像ばかりが膨らんでいく。そんな世良の目の前でジーノは、ひょいと床に落ちていた黒ペンを拾い上げた。世良のバッグから飛び出した荷物の一つだ。

 さらさらと優雅にペンを走らせた後、ようやくジーノはカードを持ち主に返した。

「え!? こ、これって……!」

 世良はカードを持つ手と声を震わせた。
 返ってきたカードの表には、滅多にサインをしないことで有名なジーノのサインが加えられていたからだ。

「いくら僕が本名を快く思っていないからといっても、君が大事にしている物を取り上げたりはしないさ。それと――」

 用済みとなったペンをソファの上に放ると、ジーノはさりげなく世良の腰に手をまわして引き寄せる。そうして、これ以上ないくらいに距離を詰めたジーノは世良の耳元で囁いた。

「やっぱり恋人には、世界で一つの特別な物をプレゼントしたいからね」

 沸騰する脳の片隅で、やっぱりこの人は正真正銘の王子様だなあ、と世良は改めて思わされたのだった。


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