無敵時間 | ナノ


 気弱で臆病な性格もあってか、昔から怪談やホラー映画の類は大の苦手だ。情けなくて胸を張って言えることじゃないけれども。
 ただ、あの人と二人でいる時は別だ。
 その時だけは、恐怖にも勝る感情に心が支配されるから。





「椿ぃ! 一緒にこれ見ようぜ、これ!」

 夕食後のゆったりした時間のなか、いきなり部屋を訪ねてきたのは世良さんだった。DVDを持ち上げてタオルケットを脇に抱えている。
 元気さに圧倒されつつも、俺は部屋に世良さんを招き入れた。

 世良さんとは、その気さくさと親しみやすさ、それから歳が近いこともあってか、他の先輩達と比べても親しい間柄だったりする。先輩相手となると普段の俺なら緊張のあまり萎縮してしまうところだけれど、世良さんとなるとそれが緩和されているように思う。

 若手の中でもムードメーカー的な存在で愛嬌があることが大きいんだろうけど、多分一番の要因は、体格なんじゃないだろうか。
 世良さんは小柄で俺よりも小さい。性格も合間って、先輩なのに思わず撫でたくなるような愛らしさがあるのだ。勇気がなくて今だに撫でたことはないけど。遠慮なくやれるタンさん達がたまに羨ましくもある。
 こういう時ばかりは、年下という自分の立場がなんだか恨めしい。

「なんのDVDなんですか?」

「めっちゃ怖いって評判のホラー映画。本編の中にマジで幽霊が映ってるらしい」

 固まる俺を余所に、一人で見るの怖いからさー、と世良さんはデッキにDVDをセットし始めた。それが終わるとベッドの端に乗り上げて、持ってきたタオルケットを頭からすっぽり被る。
 幼い子供みたいなその姿を見てごく自然に、可愛いなあと思ってしまった。成人男性へ抱く感想じゃないことは分かっているけど、世良さんだからおかしくない……と思う。

「ほら、椿もこっち」
「ウス」

 ぽんぽんと自分の横を叩いて示す仕草がまた似合っていて、これから苦手なホラー映画が始まるというのに心は和みっぱなしだった。



 月の明かりも星の瞬きもない真夜中。はぐれた仲間を探して、廃墟となった日本家屋の縁側を歩き回る男性。もしもこの先に得体の知れない何かがいたら、そう思っているのだろうか、震える手で一思いに障子を開けると――人影が。

「ヒッ」

 けれど懐中電灯の光を向けると、その人影は古めかしい化粧台の鏡に映った自分の姿であることに気付き、男性は胸を撫で下ろす。だが、間もなく彼は気付いてしまう。

 鏡に映る人影が二つあることに。


「わあああああ!」

「せ、世良さん、静かに」

 他の部屋から苦情がきそうな叫びをあげた世良さんは、俺の左腕にぎゅっとしがみついて離れようとしない。
 わ、距離が近い。それからあったかい。
 世良さんの怖がりようを見ていたら、なんだかいつもとは違ってビビることなく映画を見ていられた。多分、周りがパニックになっていると逆に冷静になれる原理だと思う。その原理も今では、この至近距離と押し付けられている体温の前では意味を成さなくなりつつある。

 テレビに映し出されている物語が更に進展し、いよいよ終盤を迎えると世良さんの恐怖はより増長してしまったようで、今度は俺の背中にまわりこんだ。そうしてしがみついて、俺の肩あたりから恐る恐る顔をのぞかせテレビを見つめる。

――わわっ。

 体勢上、固唾を呑んで続きに専念する世良さんから漏れる温い吐息が、Tシャツ越しにあたる。そうなるととても映画に集中できるような状態じゃなくなって、妙に落ち着かなくなってしまう。おまけに何故か心臓がバクバクと暴れはじめる始末だ。
 円陣組んだり、ゴールを決めた時の抱擁とかで肌が触れ合うことなんていくらでもあるのに、なんで今更。

 とにかく、なんでかは分からないけれど世良さんには、この心臓の音がばれないようにしないといけない、そう思った。

 駆け足の鼓動と世良さんの温もりを感じながら、ぐるぐると思考の渦にのまれている間に映画は終焉を迎える。

「……最近のホラー映画ってすげえ怖いんだな」

 タオルケットをすっぽり被った世良さんは俺にしがみついたまま、ぽつりと呟く。途中から全然内容が頭に入ってこなかった俺は、曖昧に返すしかなかった。

「なぁ、椿」

「はい?」

 世良さんは「あー」とか「えーっと」と繰り返した末に、酷く言いにくそうに告げた。

「今日ここに泊めてくんない?」

「…………」

「だってこんなの見た後じゃ、怖くて寮の薄暗い廊下歩けねえし! 頼む椿!」

 両手を合わせて頼み込む世良さんを前にしたら、とても断る気にはなれなかった。そもそも、世良さんのお願いを断ることなんて俺には出来ない。

「じゃあ、世良さんがベッド使って下さい」

「へ? 二人で一緒にベッド使えばよくね?」

「え」

「床で寝たら身体痛めるだろ。それに、すぐ近くにいてもらった方が安心できるしさ」

 な?、と服の裾を掴みながらお願いされたら答えは一つしかない。ただ、今も全力疾走中の心臓がもつだろうか、と頭の片隅でちらりと考えた。



 豆電球の淡い光の中で、そろりと目を開ける。目の前には世良さんの寝顔。
 ベッドに横になった当初は「合宿とか修学旅行思い出すよなー」なんてはしゃいでいた世良さんは、元々寝付きがいいのか、すぐに眠ってしまった。一人置いて行かれた俺は世良さんとは真逆で、全然眠れずに今に至る。

 ふと、今って物凄いチャンスなんじゃないだろうかと思い立った俺は、そろりと世良さんに手を伸ばした。明るめの茶髪に軽く触れ、そっと頭を撫でる。それだけのことなのに、きゅう、と馴染みのない感覚が胸の奥底から競り上がってくる気がした。
 あ、思っていたよりも髪は柔らかくはないんだ。
 意外な発見をしたところで世良さんが小さく身じろぐ。悪戯が見つかりそうになった子供のように、慌てて手を引っ込めた。

 起こしちゃったかなと、おっかなびっくりしながら世良さんの様子を伺う。幸い、まだ夢の中のようだ。

――あと一回くらいなら、大丈夫だよね。

 誘惑に勝てなかった俺は、再び世良さんに手を伸ばした。



 この数時間後。調子に乗った罰が下りたのか、俺は世良さんと仲良く寝坊してしまい、先輩方に揃ってお叱りを受ける羽目になったのだった。


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