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 若手選手が住まうETUの寮。赤崎と湯沢は、早い時間から食堂に顔を出し、栄養士によるカロリー計算されたバランスのいい朝食をとっていた。

「おっ、赤崎と湯沢、おはよー!」

 二人が食事している横をトレイを持って通り掛かった世良は、朝から騒々しくもしっかり挨拶すると赤崎の隣の席についた。

「チーッス、世良さん」

「相変わらず朝から五月蝿いですね」

「五月蝿いってなんだ! 元気がいいって言うんだよ、こういうのは!」

 赤崎の嫌味にしっかり反応を返した世良は、いただきまーすと食事を開始した。

「世良さん」

「ん?」

「牛乳、二つもありますけど」

 湯沢は世良のトレイに乗った二つの牛乳瓶を指差した。

「いいの、これは。俺にはこれくらい必要なの」

「世良さん……あんたまだ諦めてないの、身長のこと」

「諦めたらそこで試合終了だぜ、赤崎」

「あんたのは悪あがきでしょ」

「なにおう!?」

 赤崎と世良がいつもの応酬を繰り返していると、ふいに湯沢の大きな手が二つある牛乳瓶のうちの一つを捕らえた。

「おい、湯沢?」

 いきなりのことに戸惑った世良が声をかける中、湯沢は表情を変えることなく牛乳瓶を開けると、それを一気に飲み干した。これには赤崎も思わず元々細い目を丸くする。

「あー! 俺の牛乳ー!」

 なにすんだよー! と騒ぐ世良に構うこともなく、湯沢は手を合わせて御馳走様と口にすると席を立った。ほとんど食事を終えていた赤崎も、後に続く。
 赤崎がちらりと振り返ると、残された世良は近くにいた椿に「聞いてくれよ椿ー!」と絡んでいるところだった。

「……そんなに飲みたかったのか?」

「いや、別に」

 返却口にトレイを置きながら湯沢はしれっと答える。

「じゃあなんで」

「んー、世良さんって牛乳を沢山飲むとお腹壊しそうだから」

 確かに世良なら、身長を気にするあまり必要以上に牛乳を飲みすぎて腹を壊すくらいの典型的な流れを辿りそうではある。というより、過去に経験済みではありそうだ。

「それだけかよ」

「あと、世良さんにはあまり大きくなって欲しくないから」

「は?」

「なんか世良さんに見上げられるの、俺好きなんだよね。あと、見下ろすのも好き」

 気付いたら世良さんのつむじを見ていたりするし、と湯沢にしては珍しく口数が多い。

「……世良さん限定?」

「うん。なんでだろうなあ。自分でも無意識のうちに身長のことで優越感に浸ってるのかも」

 本当にそれが理由なんだろうか、と赤崎は思う。湯沢の話を聞いていると、まるで───

(……まさか、な)

 ないない。だって相手はチビで五月蝿くて、童顔をごまかす為に顎髭を生やしている男なんだし。
 赤崎はそうやって自分の中に浮かんだ可能性を笑って否定すると、いつも通りの日常を送るべく部屋へと戻って行った。

 有り得ない、起こりうるはずがない。そんな非日常への扉は案外近くにあることを、若い彼はまだ知らない。



▼追記



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