ぺらり、自分しかいないこの空間では紙の擦れる音がよく聞こえる

一心不乱に読み続ければ、午前を指していた時計はもう昼を過ぎてから大分経っていた





「………ずぴっ」


あー、泣ける

さすが今話題の小説だね


つぼみは目を真っ赤にさせながら本を閉じた

たまたま寄った本屋の店頭に置かれていた話題の本。久しぶりに読むのもいいかもしれない、そう思い手に取ったのだ


結果、号泣


…いや、だって主人公が……うぅ、ぐすっ



……ぶぴーっ


うわーん、涙止まんないよ!ゴミ箱を抱えながらまた一枚ティッシュを掴む

今回読んだ本はファンタジー物。異世界に迷い混んだ少女が冒険していく話


物語としてはありきたり、でも実際それに近い境遇の私はどうも必要以上に感情移入をしてしまったらしい



違う世界に来てしまって

自分の知らないモノばかりの、場所


その新たな世界で出来た、大切な繋がり


話の内容を思い返し、つぼみはまたじわりと涙を溜めた







そして、いきなり肩を掴まれた

自分しかいないはずなのに、つぼみは反射的に肩が跳ね、前方に視線を向ける





「なんか、あったのか…!?」


シカマルくん、だった。いつもみたいに遊びに来たのだろう。本当、君はいきなり来るよね

別に構いやしないけどこっちは驚くから、せめてなにも言わずに部屋まで来るのはやめて欲しい


忍として日々努力している彼の気配に気付くことなど、つぼみには不可能な話である


とりあえず目元を擦りながら心配そうにこちらを見るシカマルくんに「大丈夫だよ」と声をかけた

そして原因となった本を見せる


「これ、読んでたの」

「…あー、なるほど。そういやそれ泣けるらしいな」

「読んだことある?」

「まさか」


「いののやつが騒いでた」そう言って本を取り、パラパラとページを捲る。読む気はないらしく、本当にただ捲っているだけだ


確かに、彼の趣味には合わない内容だろう


つぼみは鼻をかみながらもう一度、物語の内容と自分を照らし合わせた


少女と私

仲間と家族

恋人と


恋人と、




こいびと、と…





「…………誰だろう」

「んっ?」


照らし合わることができる人物がいなくなった

物語の少女は、途中で出会った仲間である恋人が最も大切な人だと書かれていた


私にだって大切な人はいる。しかしだ

一人に限定が出来るほど、まだこの世界を生きてはいない。いやしかし、十年以上生きてていないもおかしいな、自分


悩みに悩みすぎたため、目の前のシカマルの声に気付けずにいた

彼が頬をつついてようやく反応をする


無視をされて若干不満げなシカマルに、つぼみは聞いてみることにした





「シカマルくんはさ、私が危ない!っていう状況になったらどうする?」

「そんな状況にさせねぇ」


おう…まさかの返答にお姉さん、びっくり


返ってきた変化球に思わず笑いがこぼれた。「あくまでもしも、だよ」そう言いもう一度返事を求める


それでもシカマルくんは答えたくないのかな…

本をめくりながら生返事ばかり。まともな答えを返してはくれなかった



……いや、どうしてもってわけじゃないし、構わないんだけどね


つぼみは諦め、この話を終わりにしようとした

シカマルは動かしていた手を止め、本を見つめながら口を開いた








「護るに決まってんだろ」

「!」


つぼみを見ずに発せられた言葉。つぼみは本に書かれていた台詞とほぼ同じそれに感動した


ほぉぉお…!さすがだシカマルくん!!


少女と比べたとき、その子の恋人ポジションは私の世界では誰だろうか

家族はもう仲間の位置に決めてしまった


それなら他の大切な人は幼なじみである彼らだ


結局一人にしぼれなかったが、その幼なじみ代表でシカマルに答えてもらった


結果、望む返事が返ってきた


人気小説との共通点の多さにテンションの上がった彼女は小さく拍手をする。そんな彼女の行動にシカマルは首を傾げながら、ある一文を黙読した





『護るに決まってんだろ!!そのためなら死んでもかまいやしねぇ、命だって惜しくはねぇんだ!!』


死んでも、ねぇ…

なんつーか


馬鹿みてぇな男だな、こいつ


空想上の人物に言うのもあれだがシカマルは「これが今人気の小説、ねぇ…」と小さく呟いた。いやー価値観が違うせいか、この本の魅力が全然わっかんねー


ペラペラとまた数ページ捲っていくと、その男の言葉通り、彼は女を護って死んだらしい


つぼみがどうしてそんなことを聞いたのか

確実にこれが理由だろう

そんでそこまで深い意味もねぇんだろう


それでも「もしつぼみが危険な目に合ったら」なんてことを考えさせる原因を作ったこの本が憎い

彼女の意図がわかり、本と同じような返事をしてやったが、シカマルは一気に不機嫌になった


本を投げ捨て、ごろりと横になる




お前は死んでもおれが護る?はぁ?何綺麗事言ってんの?

一人で死んでどうすんだし。…いや、残された方が可哀想とかじゃなくてよ(それもあるだろうが、)


テメェが死んだら、そいつの横に別の野郎がくるんだぞ?「私、幸せになる。でもあなたのこと、忘れない…」とか言われるんだぜどうせ

いやいやいやいや、そんなの許しませんが何か?幸せにするのはおれなんですけど、何か?

んなの、絶対認めねぇし



あと、おれらは死んでも天国で幸せになろうな。の二人とも死んじまうパターン。はい、これも大馬鹿


つーかおれ、天国とかそんな不確かなもん信じられねぇから

死んでからのことなんか知るわけねーだろ



あ、もちろん相手が死ぬのは論外だからな。惚れてんだったら、護れなかった、とか許されねー





自分がいて、相手がいる

おれがいて、つぼみがいる


奈良シカマルの幸せは、こーして成り立ってんだっつーの





「…し、シカマルくーん?なんか、怒ってる…?」


背後でおろおろ慌てるつぼみの気配がする。死んだらこういうやり取りもなくなるんだぜ?マジあの男馬鹿だよな





「……………ハッ」

「!?」


いやー、主人公になれねぇ男だわ、おれ


でも正々堂々が主人公ってなら悪役で結構





「つぼみ、」

「な、なに…?」

「絶対、護るわ」


どんなに卑怯でも

どんなにセコくても


二人で生きていく





奈良シカマルの幸せはこうして成り立っていくんだよ。大事だから何回でも言ってやろうか?


背を向け横にしていた体を回転させ、彼女と向き合った。おれを怒らせたと勘違いしているつぼみにニカッと笑う


そんなおれの笑顔につぼみはほっとする


「…わたし悪いことしてない、感じでいいの、かな?」

「んーん、したした。めっちゃ悪いことした」

「……………」


うーん、しょげる姿もかわいい

思わず正座をするところとか、もうかわいすぎる


にやつく頬をそのままに彼女のもとまで転がる。そしてそのまま頭を膝に乗せ、顔をお腹に埋めた。はい、とてつもなく幸せです


「ちょ、こら。何してるのっ」

「昼寝」

「いや、そうだろうけど…!」

「そいじゃあ、おやすみー」


文句を聞き流し顔をぐりぐり押し付ければ、くすぐったいのか震える声で「君はまだまだ甘えたさんなのね」と言われてしまった


実の弟より弟扱いされている……が、役得っつーことで、まだいいか



しっかし、つぼみの方向きながらの膝枕はいいな

大興奮すぎて、なかなか寝れねぇけど





「おやすみー」

「……んー」


生きてるからこそ、これが味わえるんだよなぁ





(この膝もおれが護っていくぜー、)



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