「最近、男子でも痴漢されるらしいよ?丸井気を付けなよー」
「ハァ?」


確か昨日だか一昨日だか、クラスの女子と丸井の会話を思い出した。確かに丸井は男の俺から見ても可愛い顔してるもんなぁ。痴漢するなら真田よりは丸井だろ。痴漢される真田…ブハッ無理無理無理いやー、想像するのがこんなに怖いなんてな。そんなくだらないことを考えながら電車に乗り込む。雨で遅延もしてるということで満員電車。やだやだ。



お気に入りの曲を聞きながら、ぎゅうぎゅうの人の中突っ立ていると尻辺りに何だか変な感覚がした。きっと手が当たっているだけだろう、こんだけ詰め込まれちゃしょうがねぇよ。自分を半ば無理矢理納得させるが抵抗しない否抵抗出来ない俺のを様子に気付いたのか尻をまさぐる手は調子に乗り始めたようだ。


気持ち悪い。
まず男なのに痴漢に遭っている、男に触られているという二つの事実に吐き気がするし、とても屈辱的だ。抵抗出来ないこの状況が憎たらしい。誰か気付いているのであれば助けて欲しいが、この満員電車の中では期待は出来ないだろう。


次は下りる駅だ。警察に突き出してやりたい気持ちは山々だが、恥ずかしさと男のプライドが勝り出来そうにない。


「す、すみません、下りっ、あ…」


下りようと声を張ったのだが届くことはなく次の停車駅までまたこの満員電車に乗っていなければいけなくなった。先程の場所から移動出来てないということは、アイツがまだ居るかもしれないのだ。はぁ、最悪だ。


再び尻を撫で回される、嫌でも伝わってくる男の手の感触。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い…クッソ、人がどうにも出来ないからって…。

奴の手はとうとう前へと回ってきた。




「お、名前じゃん。おっはよ」
「丸井、おは、っん…」
「こっち来いよ、そこ狭いだろぃ」


周りには物凄く迷惑だと思うが丸井が強引に手を引いてくれたお陰で脱出成功。完全にちんこ掴まれたけどな。


「あぁ、さんきゅな」
「オイ、おっさん。男子中学生に痴漢して何が楽しいんだよ」
「え、丸井」
「…死ね」


タイミング良く次の駅に着き、丸井に手を引かれ下りた。あのおっさんはきっと軽蔑の眼差しで精神的にやられてるだろう。それにしても丸井の口からあんな低い声が出るなんて。


「名前、大丈夫かよぃ」
「あ、あぁ、ありがとな」
「本当にあんだな、男も痴漢されること」
「まさか俺なんかがされるとは思ってなかった」
「…あのおっさん警察に突き出すべきだったな」
「丸井が死ねって言ってくれたから十分。そんなに怒んなって、俺がされたんだからよ」
「…名前だからこんな怒ってんだろぃ」
「…ん?」
「あー、もう気付け、バーカ!」
「なっ、お前にバカ呼ばわりされたくねぇ」
「…電車ん中でお前のこと見つけて声掛けようと思ったらすげぇ顔真っ青だからどうしたのかと思ったら痴漢されてるし、お前抵抗出来なそうだったし、おっさん調子乗ってちんこ掴んでたろぃ。腹立ってしょうがねぇんだよ」
「…丸井」
「もっと早く気付ければ守ってやれたのに」
「それ聞けただけで十分だって、ありがとう」
「イライラする。名前、もう今日はサボっちまおーぜぃ」
「は?お前部活あんだろ」
「お前から目離したらまた襲われそうじゃん、パーッと遊ぼうぜぃ」
「…ま、まぁ、いいけど」
「うっし!あれあれ、スイパラ行こうぜぃ!腹が減っては戦も出来ぬって言うだろぃ」
「何、お前戦う気なの」
「細かいことはいいんだよ」
「ハイハイって、そんな引っ張んな!」
「離してなんかやんねーよ、バーカ」


痴漢には気を付けましょう。男だからって油断すんなってことだな。あー、「たるんどる」って天の声が聞こえそう。翌日、学校をサボった俺らは鬼、基、真田にこっぴとく叱られたけど。