よく分からないパロ。
フィーリングでお願いします。









広い屋敷の中でこれまた広い広間の全てを見渡せることが出来る奥の壁に一枚の絵が飾られている。見る者を引き付けて放さないような美貌を持った、天女。微笑む姿は美しく佇むその姿は今にもこちらに歩いてきそうな、まるで生きているかのように錯覚するその絵。見る者は皆賞賛の声を上げ手を叩く。
バシャリ、とバケツの中にモップの先を突き刺し水をつけてはまた床を磨く。それが屋敷に仕える俺の仕事。絵を見ている暇なんてないし、そもそも俺のような奴が絵を理解出来るわけもない。餓鬼の落書きでも名のある芸術家が描いたのだと言われれば素直に受け入れてしまうしかないのだ。



「終わったか」
「はい、只今」



屋敷の旦那様は相変わらずけったいな格好をしている。いや、決して馬鹿にしているわけではない。時代は移り変わり今はそういった格好が主流になりつつあるのだ。黒く長い帽子に同じく黒の洋服。中には白く薄い洋服を召している。正直似合ってはいないがそれを口に出せるだけの地位は俺に用意されていない。
バケツとモップを手に旦那様の言葉を待つ。まだこの場から離れないということは何か用があるのだ。俺は黙って立ち尽くす。どうせ旦那様が居なくならなくては動けない。
俺から視線を動かして、すっと遠い目をした旦那様は譫言のように呟く。



「何度見ても美しい。やはりあの子の描くものは同様に美しいものだ。そう思わないか」
「そうだと思います、旦那様」
「今夜、また新たに生まれる。きっとさぞ美しいのだろう……あの子の身支度は任せたぞ」
「はい」



広間から出ていく旦那様を見送り、後ろにあった天女の絵を見る。相変わらず天女は美しく微笑むだけだ。俺は広間を出て次の仕事に移った。
今夜この屋敷で披露宴が行われる。結婚ではない。めでたいことに変わりはないのだが、俺に関係の無いことは確かだった。
その披露宴の主な内容は、旦那様のご子息である十四郎様の描く絵のお披露目会というものだ。もうすぐ二十歳を迎える十四郎様の描くその絵は美しいと評判で、広間にある天女の絵も十四郎様が描かれたもの。絵を嗜むからといって身体が弱いわけではなく、剣術にも長けており頭も切れる。そして、美しい。
それ故たくさんの縁談を持ち込まれているのだが、当の本人は興味を示さず家業と絵に全ての時間を割いていた。
好きなことに時間を費やすことを悪いとは言わない。しかし俺からしてみれば羨ましいという言葉に尽きる。富も名誉も手に入れ残りは女、それも両手に収まり切らないくらいの女を野放しにしているのだ。女一人買うことも難しい俺にとっては考えられないことで、やはり羨ましいという言葉につきる。
バケツとモップを片付け自分の身支度を済ませる。だからと言って俺が旦那様のような洋服を着るわけではなく、みすぼらしく見えない最低限の格好をするだけだ。たしか、このお召し物は十四郎様のお下がりか。流石は一級品と言われるだけの生地と模様だ。触り心地も良く動きやすい。一級品と呼ばれれば目立つものだと思われるが黒地に白い川が描かれたそれはとても上品で落ち着いている。俺には勿体ないものだと思うが旦那様の命令には逆らえない。それに、こういった時にしか着ないためたまにはいいだろうと思えてしまう自分はなんて現金なのだろう。
帯を結び終え、十四郎様のお召し物を準備する。いつもは黒の着流しを主に召されているが、今回のような時は色がふんだんと使われている物を召される。空のような色の物や若葉のような色の物と様々だ。
今回は、紅のような色だと見た瞬間に感じた。半月程前に買った女が、たしかそんな色の紅をつけていた。



「十四郎様、着替えをお持ちしました」
「ああ……入れ」
「失礼します」



廊下に座りながら襖越しに聞こえた返事に答え襖を開けた。ふわりと鼻をかすめる独特な香りに目眩を覚えながらも立ち上がり、着替えを手伝う。十四郎様は相変わらず黒い着流し姿だった。
十四郎様はこの土方家のご子息だが、旦那様の実の子というわけではない。旦那様と奥様は子宝に恵まれず、そうして日々を過ごしていくうちに旦那様は愛人を作られた。その愛人の子が十四郎様だ。所謂、妾の子。
本来ならばそれだけの話だったのだがその愛人が死に、旦那様が十四郎様を子供が居ないからと引き取り息子にしたということだ。こうなってしまうと奥様の反応はあまり良いものではないはずだが、周りの不安を余所に奥様は十四郎様を実の息子のように可愛がられた。
十四郎様はとても美しい方だと思う。同じ男だからおかしなことだと自負しているが、それ程美しいと感じてしまうのだ。
黒く短い髪は風に揺れるたび光を浴びて輝き、その肌は陶器のように白い。そんな美しさ故に、きっと旦那様も奥様も十四郎様を可愛がられるのだ。
着替えを終えた十四郎様はため息をつきながら部屋の奥に視線を投げる。その先には白く輝く白百合の絵があった。十四郎様が、描いた絵。しかしこれは今日の披露宴に出すものではなかった。
たしか、女の絵だったはず。



「銀時、頼むからそう呼ぶな」
「どういうことでしょうか」
「……二人のときくらい、トシと呼べと前から言っているだろ。ただでさえ息が詰まる場所だ、少しは楽になりたい」



そう言った十四郎様はまたため息をつきながら着流しを片す俺の頭を撫でられる。くしゃりと軽く髪を握られ、少しくすぐったかった。
十四郎様はその言葉の意味を分かっているのだろうか。いや、きっと分かってなどいない。だからそうやって笑えるのだ。



「……そうだな、トシ」
「本当は今日のあれにも出たくはないんだ。こんな物まで着て……目に痛い」
「まあ、似合ってるからいいだろ」
「……お前は」
「どうした」
「黒より、白の方が似合うな」



披露宴の会場となった広間は人で溢れ返っていた。旦那様と似た外国の洋服をいくつも見かけたし、奥様は着物姿だが女性用の洋服もたくさん目に映る。
その中で一際目立つトシの着物姿。上に黒の羽織りを召されてはいるが、それでもやはり目立ってしまう。仕方のないことだ。何せ、主役なのだから。
空になった料理の皿を下げていくと一つの歓声が聞こえた。何かと思い視線を向けるとそこには一人の女の絵があった。黒い着物を開けさせたその姿は恥ずかしげに見えるが決して娼婦のようではない。気品とでも言うのだろうか、気高いというのだろうか。
ただ、美しい。けれど、違和感。



「これは、これは……」
「やはり十四郎様の描かれるものはなんと美しいことか」
「さぞ鼻が高いでしょうねえ」



それから披露宴は終わり、広間は静まり返っている。片付けも終えた頃には、すでに日を跨いでいた。俺は着物を脱ぎいつも寝間着にしている着流しに変え、静まり返った屋敷を歩く。途中、窓から見えた月が満月だったことに気がついた。
この屋敷に来るまで、俺は道端に転がっている石と同じだった。人に見向きもされずに、薄暗い路地に座り込む。そもそもそんなことになってしまったのは俺のせいではない。
前の仕事も今と同じように使用人をやっていた。それなりに広く名のある家で、旦那様も奥様にも良くしてもらい仕事仲間との仲も良かった。けど、それもすぐに終わったのだ。
その夜、屋敷に強盗が入った。使用人の半分は殺され、旦那様と奥様も胸を刺されるという事件が起こったのだ。その中で生き残った俺に、強盗と殺人の罪が問われた。どうやら主犯は使用人の中で、生き残った者らしい。傷を負いながらも生き残っていた俺は療養中、その強盗と殺人の罪を被ることになった。
冤罪だった。



「何をしているんだ、こんな薄暗いところで」



何もかもまた失い生きていく術すらままならない俺に声をかけたのはトシだった。黒い着流し姿は薄暗い路地に溶けて見えなくなりそうでついに俺は幽霊にでも会ったのかと錯覚したのを覚えている。
施設から解放されても当たり前だが働くところはもう無い。こんななりで雇おうとする奴だって現れるわけもなく、以前働いていた場所からろくに休むこともせず歩き続け疲れた末にそこで座り込んでいたのだ。
その幽霊だと思い込んでいた着流しに足があることを確認してから俺はもう生きる術がないのだと言ってやった。病気かと聞かれたがその方がまだよかったと思う。



「何もせずそこに居るのなら、来ないか」
「……何言ってやがる」
「人が、欲しいんだ」



それから俺はトシに拾われ今の屋敷で働くことになった。初めはこんななりで得体が知れないといい目はされなかったが今までの仕事から学んだことを活かしただ黙々と働く様を見られていくうちにその屋敷に溶け込み始めた。半年経つとトシの周りのことを任されるまでになり、こんなに出世させていいのかと思いつつもやはり認められて嬉しいと思ったのだ。
久しぶりの感覚に戸惑ったりもしたけれど、俺はここから離れたくないと思った。働けるから、というだけではないのだけれど。



「終わったのか」
「……十四郎様?」
「トシでいい」



部屋に向かう途中、人気の無い廊下にぽつんと赤い着物姿のトシが居た。まだ着替えていなかったのかと思いつつ、何故こんなところに居るのか疑問を抱く。
動かない俺に痺れを切らしたのかトシは大股でこちらに近づき、腕を引っ張る。わけも分からず、声をかけることも掴まれた手を振り払うこともせずただされるがまま。



「……何処へ」
「部屋だ、俺の」



部屋に招き入れられた俺はただ立ち尽くす。やはり分からない、どうしてこんな夜遅くトシの部屋に来なければいけない理由が。
黒い羽織りを文字通り脱ぎ捨てたトシは目に痛い程の赤い着物姿になった。月明かりのみの薄暗い部屋でもはっきりと分かる赤。女の、紅を思い出させる赤。心がざわついた。
部屋の入口で立ち尽くす俺は今すぐにでも部屋から飛び出したかった。このままではいけないと、警報が頭の中で鳴り響く。しかし逃げることが出来るわけがない。主人であるトシの命令とも取れる行動に、一介の使用人である俺が逆らえばまた薄暗い路地で座り込むことになる。そうなるに決まっている。もうあんな思いは嫌だ。だから、動けない。それ以外に理由は、無い。



「どうした、そんなところに立って」
「一体、どうして」
「……今日は気分がいいんだ。なあ、銀時」



再び腕を引っ張られ気付けば二人で敷かれた布団の上にいた。白く清潔な布団に着物の赤とトシの黒髪が散る。その黒髪を梳き、頬に触れながら唇を落とした。



「起きたか」



何も身につけていないせいか肌寒く、そのため目が覚めたらしい。いや、それよりも目の前の光景に言葉を失った。
昨日あった白百合の絵が、切り裂かれているのだ。まさか賊でも入られたのかと思ったが、その前に居たトシの手にある鋏が目に入った。まさかその鋏で切り裂いたとでもいうのだろうか。そう肯定するようにトシは鋏を畳の上に投げ捨てた。
何故自分の作品に対しこんなことをしたのだろう。俺にトシの真意は分からない。



「昨日の父上の顔を見たか?」
「旦那様、の」
「傑作だったぞ。かつて愛した女を息子が描いたからな」



トシは俺の前に座り髪を撫でる。その手の感覚に再び眠気を誘われながらも頭の片隅でいくつかの疑問が消えていく。
あの女の絵はトシの母親だったのだ。黒い髪に白い肌、そして黒い着物。どこか涼しげな目元がトシとそっくりだった。トシの機嫌が良かったのは、きっと絵を見た旦那様の顔色が変わったからだ。さぞ面白かったのだろう。俺にその感覚は全く分からないが、トシは楽しめたらしい。かつて愛した女の子供が、その女の部分を見せ付けるような絵を息子から見せられる。全く分からない。
分からないと言えば、白百合の絵もそうだ。何故わざわざ自らの手で切り裂くような真似をしたのか。



「おやすみ、銀時」



意識が埋もれる前に聞こえてきた声はとても穏やかなものだった。





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絵を描く土方が書きたかった。








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