「恋文ですか、副長さん」



ばっと後ろを振り返れば、死んだ魚のようなやる気を一切感じさせない無気力な瞳が俺の手元を見つめながらニヤニヤとにやけていた。一体いつからそこに居たんだとか、そもそもそんな簡単に屯所には入れないはずだとか、門番を振り切ったのかとか、まさか塀を越えてきたのかとか、聞きたいことは山ほどあったがとりあえず一発頭に拳を振り下ろす。
ゴチン、といい音がした。



「いってェ!」
「……っ、俺だって痛いわ!てめなんつー石頭してんだ」
「いやそれよりなんで殴るんだよ!」
「てめェが後ろに居たからだ!不法侵入でしょっぴくぞ!」



まだ痛むのか頭をさすりながら、万事屋は片方の腕を伸ばし俺の机から白い紙を持ち上げた。しげしげと見つめてからまだ何も書いてないのかとつまらなさそうに言って俺に紙を突き出す。人のものを覗いておきながらその態度はなんだと思ったが、まだ何も書かれていないそれを見て無言で受け取った。



「つかなんでここに居んだよ」
「え?暇だったし?」
「なに友達ん家に行く理由で頓所に来るんだよ!仕事しやがれプー太郎!」
「誰がプーだ!自営業じゃボケ!」
「いやだから仕事しろって!」



毎回恒例になりつつある言い争いは意外にも体力を使う。大の大人が声を荒げ肩を上下に動かすまで言い争うとはなんて滑稽なんだ。子供の喧嘩のほうがまだ見れたものだ。
取り戻した白い紙を机に置いてみたはいいが後ろからの視線で筆を持つ気になれない。気晴らしにタバコに手を伸ばし、一服することにした。煙りを肺まで送り込み、ゆっくりと吐き出す。
落ち着いた頃に万事屋が口を開く。



「いやいやいや、にしても彼の副長様が初に恋文たぁ……なに、どう書くか悩んでんの?んなの好きですって書けば終わりじゃねぇか」
「だから、恋文じゃねぇっての」



しつこい野郎だと思いながら吸い殻を灰皿に押し付ける。目の前には相変わらず白いままの紙が静かにそこにあった。
書きたいことは、ある。けれどそれをどうやって書き出せばいいのか分からない。筆を持っても頭の中で渦巻く言葉の山にせき止められるように、手が動かないのだ。



「……いや、恋文のほうがまだよかったかもしれねぇな」



書きたいことは、伝えたいことはたった一言だけなのだ。悩む必要だって、無い。浮ついたものだと思っていたが思えばとてもシンプルで分かりやすいものだった。案外馬鹿に出来ない。



「……なに、恋文が欲しいの?」
「ちげぇよ」
「なら俺が書いてやるよ」
「っ!てめ、何して」



紙の次は筆を奪われお世辞にも綺麗とは言えない文字が白い紙を覆っていく。俺の名前と好きという言葉に、万事屋の名前。こんな雑な恋文はきっと一緒見ることはないだろう。
それでも想いは嫌でも伝わってきて。



「どうよ?」
「……別に、汚ねぇ字」
「ひで!ま、確かに……なあ、土方」



受け取った恋文と呼ぶには雑な恋文に書かれた文字をなぞる。もう乾いているのか指に墨が着くことはなく、かさかさと音が鳴る。



「お前が誰に手紙送るかは知らねぇけどよ、たぶんお前が伝えたいことは伝わってるよ」
「……何言ってんだ」
「俺のこんな汚ねぇ字で伝わってんだし、さ」



はじめとは打って変わって優しげな笑みがなんとなく気に入らなくて、俺は今日二度目になる拳を振り下ろした。








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