「佗助」



名前を呼ばれ振り返れば、そこには十年前とあまり変わらない理一がいた。十年という時間は一般的には長く、人は見た目も中身も変わると思うのだが理一はほとんどと言っていいほど変わっていない。多少は老けたのだろうが、体つきなどは衰えていなさそうだ。
何の用だと尋ねれば寝床のことを聞かれた。そういえば、寝床は考えていなかった。家に帰ってきたはいいが、まだ部屋は残っているのだろうか。いや、それはないだろう。何せ十年、連絡も寄越さずアメリカにいたのだから。
寝床は無いな、と人事のように返してやれば理一の口からため息が漏れる。ため息は、理一の癖みたいなものだ。ただし、俺以外にしたとこを見たことがない。
どうやら俺は理一にため息をつかせる唯一の人、らしい。そんなことをふと思ってみると理一は寝床ならある、と言って目でついて来い、と言った。固い床で寝るのになんら抵抗は無いのだが、寝床があるのに越したことはない。黙って後についていくと、そこは理一の部屋だった。今も昔も、部屋の中は変わっていなかった。



「なんだ、お前の部屋か」
「文句言うなよ。他の部屋は満員だ」



文句を言えばあっさりと返された。咄嗟に俺の部屋はどうなっている、と聞こうとして、やめる。どうせ物置にでもされているのだろう。もともと歓迎など、されていなかった身なのだから。
理一の部屋にはすでに二人分の布団が敷かれていた。なら早速寝ようと布団に腰を下ろすと、俺の腕を理一が掴む。なんだ、と無言で視線を向ければ、理一は怒っているような、泣いているような、とにかく情けない顔をしていた。自衛隊という勇ましい職業に就いていながらそれはどうなのだろう。
そう場違いなことを考えていれば、理一が俯きぽつりぽつりと言葉を呟く。



「どうして連絡も寄越さず十年もいなくなったんだ。皆心配していたんだぞ」



在り来りなお説教。そんなもの、婆ちゃんから既に聞いた。説教なんて繰り返し聞く側にとったら苦痛以外の何物でもない。
俺は黙っていると、理一は構わず続けた。



「その中でも、婆ちゃんが一番心配してた。母さんに毎日佗助はちゃんと飯を食べてるだろうか、とかちゃんと寝てるだろうか、とか。それに……」



そこから先、理一は言葉を止めた。そして、俺にはその先の言葉が何となくだが理解が出来た。心の中で相変わらず馬鹿なやつだと罵れば、それを見透かしたかのように腕を掴む力が強くなる。多少の痛みに顔をしかめるが、理一は俯いているため俺の表情は見えないようだ。
そして俺はそのまま理一に抱きしめられた。久々に感じる人肌が妙に懐かしい。



「帰ってきて、本当によかった……!」
「……理一」



腕を掴んでいた理一の手がいつの間にか背中に回されて、本格的に抱きしめられる形になる。四十を越えた親父どもが何をしているんだという話だ。そう言って離してもらいたかったのだが、思いの外力が入っていて抜け出すことが出来なかった。



「お帰り、佗助」
「………」



かけられた言葉に、俺は返事が出来なかった。はたして俺が返事をしてもいいのだろうか。もう、帰る資格もないこの俺に。誰も、俺の帰りを望んでいないと思っていたのに。
そう思っていると突然目頭が熱くなった。俺は目の前にあった理一の肩に顔を埋める。すると、微かに石鹸の香りがした。そういえばまだ風呂に入っていなかったような。
またも場違いなことを考えながら、俺は理一の背中に腕を回す。その行動にすべての思いが伝わればいいと思いながら。





ただいま、
は言えませんが






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