「面白くない」
「ん?何か言ったかい?」
「……いや。それより手元を見てないと危ない」
「ああ、そうだね」



トントンとリズム良く林檎を切っていく軍人さんを見ながら刃物の扱いはやっぱり上手なのかとどうでもいいことを思いながら薄く切られていく林檎を見る。薄く切られた林檎はこれから作るアップルパイの材料だ。そもそも何故僕と軍人さんが一緒のキッチンで同じようなエプロンをして一緒にアップルパイを作っているのか。



「私にお菓子の作り方を教えてくれないか?」



そう軍人さんから切り出されたのが始まりだ。どうやら今度子供たちとお茶会をするらしい。そのお茶会に自分で作ったお菓子を持っていくことが参加条件だとか。律儀な人だなと思いながらもせっかくのお誘いを破棄してしまうほど僕は馬鹿じゃない。喜んで引き受けた。二人で同じダイニングで料理をするなんてまるで新婚みたいだ。そう思いながら何を作るべきか軍人さんと二人で相談する。子供たちにも人気でなるべくたくさん食べれるようなもの。簡単なものはクッキーだがさすがに簡単過ぎる。ケーキにしても子供たちの趣味が分かれるものだ。そして考え着いたのがアップルパイだった。これなら子供たちも喜ぶだろうしあまり手を焼くこともない。材料はほぼ軍人さんの家にあったのだが肝心な林檎が無かった。ならばと少しだけ飛んで家にあった林檎を取ってきて軍人さんに手渡す。貰ってもいいのかと頻りに尋ねてくる軍人さんを落ち着かせようやくアップルパイ作りに取り掛かる。まずはパイ生地の準備。しかし生地を作るのは少々面倒なため市販のものを用意した。ちなみにこれも林檎と共に家から取ってきたものだ。冷凍されていた生地を元に戻しパイ皿に敷きフォークで穴を空ける。そのままパイ生地は冷蔵庫に入れ冷やしている間にメインの林檎を切っていく。適当な大きさに切った林檎を鍋に入れ煮詰める。バターを入れて馴染んだら砂糖を入れ表面が透き通るまで火にかけていくと林檎特有の甘い香りがダイニングを包みこむ。



「そうだ。軍人さん、シナモンを入れるかい?」
「シナモン?」
「香りもつくしいいと思うよ。僕はおすすめするけど」
「なら、お願いしようかな。私はよく分からないし」
「そっか」



火を切ってからシナモンパウダーを煮詰めた林檎に加えるとさらにシナモンのいい香りが漂う。どうやら軍人さんはこの香りを気に入ったらしくとてもいい香りだと絶賛。気に入ってくれて何よりだ。これでまた軍人さんのことを知ることが出来た。冷やしておいたパイ生地の上に煮詰めた林檎を敷き詰める。まさか煮汁ごと林檎をパイ生地に敷こうとした軍人さんには驚いたがそんなところも可愛らしい。敷き詰めた林檎の上に余ったパイ生地を格子状に乗せていけばようやく見慣れたアップルパイの形を見せる。



「軍人さん、卵黄を用意して下さい」
「ああ、そうだった。これでいいかな?」
「ありがとう」



軍人さんが用意してくれた卵黄を最後にツヤ出しのため塗る。あとはオーブンで焼くだけだ。ようやく一段落したアップルパイ作りに息を吐く。一人だと黙々とこなしていく作業でも人に教えながらだとこうも大変なものなのか。焼き上がるまでの15分を軍人さんと二人で紅茶を飲みながらそう思った。軍人さんも慣れないことで疲れたのではないかと思ったが案外元気でパイが焼けるのを今か今かと待ち構えている。



「楽しいものですね、お菓子作りというものは」
「まあ、多少疲れますがね」
「……なかなか、昔は出来なかったから、余計そう感じるのかもしれません」



そう言って軍人さんは顔に影を落とす。僕はなんと言っていいか分からずにそれでも話の方向を変えようとした瞬間アップルパイの焼けた合図がオーブンから鳴った。軍人さんは先ほどまでの顔とは打って変わって速足でオーブンまで駆けていく。その後ろを追いながら素手でアップルパイを取り出そうとしている軍人さんに急いで手袋を渡す。出来上がったパイを両手でしっかりと持ち軍人さんは嬉しそうにそれを見つめる。



「スプレンディドさん、ありがとうございました」
「いえいえ、そんな」
「これで皆に喜んでもらえます」



にこりと嬉しそうに微笑む軍人さんを見て何だか子供たちに嫉妬していた自分が馬鹿みたいだ。そう思いながら焼けたアップルパイの香りとまるで聖母のように微笑む軍人さんを堪能した。





君とアップルパイと



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アップルパイの作り方があってるかは保障しかねます






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