いっそ夢ならよかったのだ。夢なら夢と片付けられて、忘れることが出来たのに。それを拒むのは現実と、目の前の宿敵。
「お、い」
肩に食い込む指を俺は知らない。いつも拳を握っているから、指を見たことがないのだ。ぎちりと肉をちぎられるのではないかと錯覚し、本能的に恐怖に震える。こいつが怖いわけじゃない。ただ得体の知れないこの指が怖い。
「いやだ、らん」
肩に食い込む指の力は抜けぬまま乱馬は俺に顔を近づけた。もしかしたら鼻を喰われるのかもしれない。目を喰われるのかもしれない。耳を喰われるのかもしれない。ついには首に噛み付かれ血管をちぎられるのではと、ただ恐怖に怯え目を閉じた。しかし次の瞬間訪れたのは身を裂くような痛みではなく唇に触れるただあたたかい温もりだった。
「わりぃな、良牙」
ただ恐怖に震えていた体は、いつの間にか震えていなかった。ただ力が入らない。呆けた俺を乱馬は布団に倒す。さっきまで食い込んでいた指が今度は顔を撫でてきた。顔を伺うが影になっていて乱馬がどんな顔をしているか分からない。
「ら、乱馬……」
「ホント、わりぃな」
乱馬が何に謝っているのか分からず俺はただ得体の知れない恐怖にまた身を震わせた。