いいところに住んでるんだなと思った。純日本庭園というのはこういうことをいうのだろう、と知りもしないことを思うほどだ。まあ、人が住んでいるならそれは立派な家なのだからべつにいいのだけれど、やはりやーさんの一番上にいるやつらはこういうのを好むのか、とも思うのも事実。
大きな門を潜り抜けて玄関に足を踏み入れようと思ったが、どうせなら中を回っていこう。きっと庭も綺麗なんだろう。案内しますと言ってきた黒服の兄ちゃんたちに断りを入れて庭を歩き出した。木や花は良く手入れされている。そこら辺にある石なんかも手入れされているのだろうか。はじめてみるようなものだから、知識なんて全くない。それでも綺麗と思えるのだからそれだけで十二分だ。綺麗なものは、綺麗。軽い足取りで庭をふらふらと進む。
ふと、縁側にある襖が一つだけ開いているところを見つけた。誰か居るのだろう、人の気配がする。縁側に乗り出して見てみれば、紙を片手に難しい顔をしている原田を見つけた。変な顔だと小さく笑えば原田はこちらを見て驚いた顔をする。やはり驚くか、と思いながらまた間抜けな面だと笑ってやれば原田はやかましいと怒鳴った。



「うるせぇな、原田。もう少し静かにしろよ」
「お前が言うか……!それより、なんで居るんや」
「遊びに来たんだよ」



札束の入った手提げ鞄を部屋に投げ入れる。原田に向けて投げたのだが軌道が逸れて何も無い畳の上に落ちた。その拍子に中途半端に閉じていた口が開いたのか、札束が部屋に舞う。原田はまた間抜けな顔をしながら何をすると怒鳴る。静かな午後に似合わない、ドスの効いた声。嫌いではないのだが、やはり静かに話しをしたい。歳だからだろうか。それとも、違うか。
このまま外と中という微妙な距離感のまま話すというのもおかしなことだと思い部屋に入ろうと縁側を跨ぐ。しかしまた原田の怒鳴り声が響いた。



「なんだよ、今度は」
「靴を脱げっちゅうんじゃ!阿呆か!」
「……ああ、そうか」



何を硬いこと言うのだろう、外国では靴を履いたまま部屋に上がるし布団にも寝転がる。しかしここは日本だと思い直し改めて靴を脱ぎ、縁側を跨いで部屋に上がった。相変わらず仏頂面だと思いながらも、そんなところも男前じゃないかとも思った。
原田の隣に腰掛けながら部屋を見渡す。ほとんど、何もない部屋だ。窓と机と、押入れに高いのかそれとも安いのか知らないが虎と龍が描かれた掛け軸。それから部屋の隅にある座布団。その座布団を引っ張り床に敷きながら何かつまめるものはないのかと原田に問いかけた。昼から呑む気かと言われたがそうじゃない。ただ茶が飲みたいだけだ。出来れば何か菓子が欲しいところだとも告げる。ずうずうしいやつだと言いながら原田は部屋を出て行き、数分後に急須と湯飲み、さらに茶菓子を持ってきた。
やーさんの一番上のやつは意外にもこういったことをするらしいと思ったが、今まで関わってきた奴らの中でそんな奴は一人も居なかった。つまり、原田だけということになる。そのことはどうでもよかったが、淹れられた茶が原田のものなら少し嬉しい気もしたのだ。



「ほんま、突然やな」
「よく言われるよ。ま、暇だったしな」
「羨ましい限りや」
「本当はまたハワイや他のとこに行こうとかも思ったんだが、暑いやら寒いやらめんどくさそうだったからここに来たってとこだ」



湯飲みを置きながら茶菓子の一つに手を伸ばす。小さな饅頭だった。それを半分口に入れながら隣の原田を見る。相変わらずの顔だった。いつも眉間にしわを寄せている、仏頂面。それでもどことなく雰囲気がやわらかく思えるのは、いつも目を覆うサングラスをしていないからだと今気がついた。そういえば、原田のサングラスをしていない姿を見るのは初めてだ。だからと言って女子供に好かれる顔をしているわけではない、根っからの悪人面。それでも凛々しい顔つきは、やはり男前だと思う。
筋の通った鼻に、切れ眉と流し目。体格もしっかりしている。そっと硬いだろう頬に手を伸ばし、触れる。予想通り硬い頬だった。無駄のないと言ったほうがいいのかもしれない。原田は驚いたようにこちらを見たが怒鳴らなかった。変わりに、こちらをじっと見つめてきた。その目を見つめながらいつかこの顔を見なくなる日がくるのかと思う。
風が出てきたのか庭の木々が鳴った。その影に隠れるようにして原田と唇を合わせた。薄い唇だ。ちっともやわらかくない。それでもしっとりとしていて、さわり心地はよかった。原田の手が髪を撫でてさらに深く唇を合わせる。何故か無性に泣きたくなったがそれでも涙は出なかった。



「なんや、急に」
「ん?はは、べつに。お前こそ、老いぼれ相手に何してんだか」
「阿呆、お互い様や」
「どうだか」



畳に寝転がされてふと原田から視線を外すとそこには散らばっているはずの札束が消えていた。どこにいったのだろうと部屋を見ると原田の後ろにある、持ってきた鞄の中らしい。わざわざ片付けたのか、知らないうちに。なんて律儀なやーさんなんだろう。こっちの世界にいなければ、きっと今よりいい暮らしが出来ていたかもしれないものを、と考えているとまた唇を合わせられどこを見ているのかと問いかけられた。お前のことを考えていたんだと言ってやればそれはどうもと軽く流され頬を撫でられる。優しい男なはずないのだけれどそれでもこの瞬間だけ原田が優しい男だと勘違いしてしまう。そんなことあるわけないのだけれど。



「は、らだ」
「なんや、うるさい」
「優しくしろ、よ?」
「御免だ、な」



ほら見ろ、こういう男なのだ。








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