手紙を書いた。理由も無く、ただ何となく。そのせいか中身が何も無い手紙になってしまった。理由が無いのだから当然の結果だ。何より、この手紙に意味は無い。渡そうと考えていた相手は目が見えないのだ。



「市川さん」



名前を呼べばこちらを振り向いてくれる。目が見えないから、少しだけずれているけれど特に気にならない。そっと近づいて隣に座る。ふと窓の外を見れば月がぽっかりと浮かんでいた。



「市川さん、月が出てる」
「見えねぇよ、そんなもん」
「真ん丸なんだ、満月だよ。目が見えてたときに満月くらい見たことあるだろ?」
「随分と昔のことだからな。忘れてしまった」



そう言った市川さんはゆっくりと視線を空に向けた。月の光が市川さんのサングラスを照らす。けど、サングラスの奥までその光は届かなかった。



「……ねぇ」
「なんだ」
「いや……何でもない」



市川さんの目に俺は映ってないのだから、俺の姿形を知ることは無い。一生、ずっと。



「おい」
「なに?」
「泣くな、餓鬼が」



そっと市川さんが俺の頬を撫でる。そこに涙は流れてないのに、まるで流れているその涙を拭うような手つきだ。目が見えてないのに。



「市川さん、俺は泣いてないよ」
「ああ、そうだな」
「呆けた?」
「まさか」



それでも市川さんは手を退けない。俺も別に嫌じゃないから、払わない。もう少しだけ月じゃなくて、老いたじじぃでも見ていようか。そう思った。





満月ですよ








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