銀土前提銀トシ








今更後に引けないことは自分が一番知っているのに、進みたくないと心のどこかで思いながら目を閉じた。一切の光が映らないように。でも、いつまでもそんなことはしていられなくて、俯いたまま口を開く。



「坂田、氏」



名前を呼ぶのがこんなにも力を振り絞らなきゃいけないことだったなんて知らなかった。だって今まで、こんな気持ちになったことなんて無いから。
名前を呼んだけれど、坂田氏はまったく反応が無かった。驚いているのかも、しれない。だってこれは十四郎の身体で、本当は僕がこうやって出てくることはないんだから。
目を合わせることが出来ないまま、口を開く。今回、こうして出てきたんだから、言わなきゃいけない。



「急に、ごめん。でも、どうしても、言いたいことがあって。あ、言いたいっていうか、やり残したっていうか」



言いたいことがまとまらないのは僕の悪い癖だ。ずっと、治らない。小さい時から、ずっと。そのせいで人を苛立たせたりしちゃう、悪い癖。きっと坂田氏も、いらいらしてるんだろうな。早く、言わなきゃ。



「坂田氏、最期に、思い出を、くれない、かな」



歯切れが悪いけれど、何とか言えた。安堵のため息を吐いて、でも顔を上げることは無理だった。
僕は坂田氏が好きだ。幽霊で、妖刀になっちゃったけど。それでも坂田氏を好きになった。口は悪いしSだけど僕の話を嫌だとかめんどくさいとか言いながらも聞いてくれたり、色んな人のために生きてる坂田氏は憧れのようなものだったのだ。それが、いつしか恋愛感情になってた。
でも僕は実在しなくて。それに、坂田氏は十四郎が、好きだった。十四郎も、坂田氏が好きで。そんな二人の間に僕が入れるはずがない。僕が十四郎のことを好きじゃなかったら、その間に入れるかもしれないけど、僕は十四郎も好きだから、そんなことは出来ない。
ならそのまま僕が消えてしまえばいいんだけど、僕は嫌な奴みたいで、ただでこの世界から消える奴じゃなかったんだ。だから消えるために、今こうして坂田氏の前にいる。十四郎に無理矢理話しをつけて、身体を借りて。



「トッシー……?」
「坂田氏、お願いだ、一生の、最期のお願いなんだ」



名前を呼んでくれたのが嬉しくて、でもこれで最期なんだと思うと苦しくて、苦し紛れに口を開く。 嘘じゃない、本当のお願い。最期のお願い。
泣いてしまいそうなのを必死に我慢して顔を上げた。何処か戸惑った顔をした坂田氏が新鮮で、少し見惚れる。
意を決して、一歩坂田氏に近づく。手を伸ばして、着流しを掴めばもう逃げられない。あとは坂田氏の反応を待つだけなのだから。



「……思い出って」
「うん」
「何でも、いいのか」
「……坂田氏が、くれるなら、何でも」



罵ってくれたって、叩いてくれたって、坂田氏が僕にしてくれることならすべて思い出として受け止めようと思ってた。そもそもお願いしたのは僕だから、何か文句を言うのはおかしい。
握っていた着流しを離して、坂田氏の反応をまた待つ。こういう時、僕は待つのが得意でよかったと思う。
視界の隅で白い着流しが動いた。



「坂田、氏」



頬に手を添えられ、上を向かせられる。そのまま、流れるように唇が触れ合った。目を開いて驚いているとそのまま抱きしめられて、目の前に坂田氏の肩が見える。
キス、してくれた。初めて、キスをした。坂田氏と、好きな人と。



「坂田、氏」
「……ああ」
「ありがと、ほんとに」



嬉しくて、泣きそうになるのを必死に我慢する。思わず坂田氏の着流しを掴んだ。シワになっちゃうのが申し訳ないけど、これくらい許してくれないかな。



「……トッシー」
「坂田氏?」



名前を呼ばれて顔を上げた。坂田氏の目は何だかいつもより鋭くて、見つめられてると理解すると途端に恥ずかしくなって、視線を逸らしたくなる。でも、坂田氏の目はそれを許さないようにじっと見つめてきて、逸らすことが出来ない。
じっとしているとそのまま坂田氏の顔が近づいてきて、またキスをしてくれた。二回も、キスしてくれるなんて思わなくて、ただ嬉しくてそのまま唇の感触に身を委ねた。



「んっ、!ふ……んぅ、ぅ」



唇にぬるりと生温かい何が触れたかと思えば何時の間にか口の中にまで入られていた。何なんだろうと、びっくりし過ぎて動かない頭を使って考えて、ディープキスってやつなのかなと答えが出たのだ。ディープキス。大人のキス。きっと一生そんなキスはしないと思っていたから、どう反応したらいいかとか、まったく分からなくて。
坂田氏の唇が離れると、口の周りが少しすーすーした。たぶん、唾のせいだと思う。そう考えると恥ずかしくて顔が熱くなった。
どんな顔をして坂田氏をみれば分からなくて、視線だけを向ける。唇が、きらきらと光っていて、それが僕と坂田氏のだと気づくと更に恥ずかしくなった。



「トッシー」
「あ、な、なに、坂田氏」
「銀時でいいよ」
「え……」
「呼んで、名前」



何で、急にそんなことを言うのか分からなかった。顔を持ち上げて坂田氏を見る。初めて見る、顔だった。すごく真剣な顔なのに、でも優しくて。
促されるままに、坂田氏を呼ぶ。銀時、って。好きな人の、名前を。



「ぎ、とき」
「……うん」
「銀時……銀時っ」



今にも溢れてきそうな涙を必死で抑えながら名前を呼ぶと、さっきのキスみたいに頬に触れられた。



「なぁトッシー、思い出、やるよ」
「え……」
「こっち、来な」



坂田氏の言っていることが分からなくて、ぼーっとしていたら何時の間にか坂田氏の寝室に来ていた。あんまり柔らかくなさそうな布団が月明かりに照らされている。
思い出は、あれで終わりじゃなかったのだろうか。だって、キスしてくれて、名前で呼ばせてもらって。これで、終わりじゃないのかな。そう考えていると、また唇を合わせられて、気付けば布団の上だった。予想通り、あんまり柔らかくはない。



「さ、坂田氏、これは」
「銀時、な。思い出、やるっつったろ」
「でも!」



これから先、何をするかなんて、僕でも分かる。テレビとか、本とか、そういうので見たから知ってたし、たぶん、心の奥底で、少し考えていたのだ。
けど、坂田氏は十四郎が好きで、十四郎も坂田氏のことが好きで、二人の関係だって、僕がこんなこと、坂田氏としちゃいけないのに。
ぐるぐると頭の中で、このまま流されればいいのか、それはしちゃいけないことだとか、考える。坂田氏はそれを分かっているかのように、僕に優しく笑った。それから髪を撫でで、頬を撫でる。



「俺が、してやりたいんだ。お前に、トッシーに、俺の思い出を残してやりたい」
「坂田氏……」
「だーかーら、銀時だっての……無理は言わない。お前が嫌なら、俺はしない」



坂田氏はそう言ってまた頬を撫でる。優しく、僕が答えを出すように。逃げられない。答えを出すのは、僕なのだ。こうして思い出を欲したのも、僕。
いけないのに、期待をして、でも現実にそれが叶ってしまいそうなのが怖くて、謝りたくなる。
だから、ごめんね、十四郎。



「ぎ、銀時……」



僕は、震える手で坂田氏の頬に触れた。





さよならの思い出





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