トリコ女体化注意
妊娠・流産の表現があります








この世に生まれてはいけない命なんてのは一つも無い筈なのに、それでも許されない命があるらしい。理不尽だと思う反面どこか冷静にそうだと納得出来てしまう自分がいた。そんな自分に嫌悪しながらも彼は優しく愛を囁き慰める。



「私たちの望んだ命だ、決して無駄では無い」
「そう、だな……」



まだ膨れていない腹に手を重ね体温を確かめるようにゆっくりと撫でた。この中にまだ小さな命がある。愛して止まない彼の、スタージュンと自分の子ども。そう思うとどこかくすぐったく、それでいて言い表せない幸せがこみ上げてきた。
夜が明ける頃、スタージュンと共に隠れ家から出る。いつもなら見つからないよう別々に家を出て帰るのだが、今日は送っていくとスタージュンは聞かず、家の近くまで送ってもらうことになった。幸いにも家の近くに人は住んでいない。



「本当にここまででいいのか?」
「充分だよ、ありがとう」



あまり家に近づき過ぎても、テリーに気づかれる可能性もある。最も、もう匂いで気づかれているのだろうがそれでも直接関わらない方がいい。



「また、近い内に連絡する」
「そんな気にしなくてもいいんだぜ?ただでさえ危険なんだし」
「それもそうだが、な。やはり気になってしまうものは仕方ない」
「まったく……」
「愛している、トリコ」
「……愛してるよ、スタージュン」



IGO側の自分と美食會のスタージュンは、いわゆる敵同士になる。こうして会うことは危険だし、そもそも恋人になるなんてもっての他だ。けれど想いは止められず、ついに子どもまで成してしまった。嬉しいことだがこれは隠し通さなければならない。スタージュンとの関係も、絶対に。体を鍛えているせいかお腹もあまり目立たないのは有難いが、産む直前となればそうもいかない上、まずどうやって子どもを産むかが問題だ。時間があると言えばあるが、早く考えなければならない。
大変、だと思う。ならばスタージユンと関係を持つことも、子どもまで成すこともしなければよかったのだろう。でも、やはりそれは望んだことだった。
体だけの関係ではないのは知っていたし子どもを望むことがどれだけ危険なことか分かっていても、浅ましく腰に絡めた足を退けることが出来なかった。足を退けろというスタージュンも分かっていたからそう言ったのだ。それでも足の力は弱まらず、お願いだからと縋った。



「テリー、ただいま」



迎えのために起きたのだろうテリーを撫でながら小さく胸が痛んだ。テリーは何も知らない。テリーだけじゃない、小松やIGOの皆も、きっと知らない。知られてはいけない事実。
知られたらどうなるのだろう。美食會に対する敵意が増すだろうか。私を責めるだろうか。体の関係だけしゃなく子どもまでと知ったら、どうなるのだろう。またあそこに閉じ込められるのだろうか。子どもは、どうなる。まだ形もないこの命は、一体。
最悪の場合を想定して気分が悪くなる。それに気づいたテリーが優しく頬を舐めた。くすぐったさと温かさに安堵し、早々に部屋のベッドに伏せる。今は何も考えず寝たかった。
スタージュンと最後に会ってから二ヶ月が経った。今日も身を隠すように目的の隠れ家までの道を行く。いつもなら足取りも軽くあっという間に着くのだが、足は重く気分もあまり良くなかった。
命が芽生えるというのは本当に偉大なことだと思うし、それと同時にとてつもなく大変だ。体調は山の天気のように変わり、食欲も無くなることがある。何よりこの体で無理をすることは出来ず、美食屋の仕事が疎かに成りがちだ。今はまだ皆を誤魔化せていると思ってもそれは罪悪感と緊張感を増幅させるだけで心は全く休まらない。それでもこうして歩いているのはスタージュンとお腹の子どもと、そして何より自分の為だった。
暗い森を迷うことなく歩き続ける。ふと、獣もあまり居ないこの森で自分以外の気配を感じ立ち止まる。しかしそれが見知ったものだと分かり全身の緊張を解した。



「びっくりさせんなよ、スタージュン」
「少し遅かったからな……大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「まあ、そういう時期らしいからな」



抱き上げて家まで行こうと言い出すスタージュンを宥め、ようやく着いた家の部屋にベッドに座る。何も変わっていない部屋に安心し、お腹を撫でた。まだあまり膨らみは無い。同じようにスタージュンもお腹を撫でた。温かく大きな手はきっと産まれてくる子どもを軽々と抱き上げるに違いない。
無事に、産まれてくれるのだろうか。いや、産まなければ。たとえどんな苦難があろうと、必ず。重なる手と寄りかかったスタージュンの温もりに目を閉じ、誓った。
それから暫くして、IGOから依頼が舞い込んできた。正直、体のこともあるため気は向かなかったがこれ以上美食屋としての仕事を疎かにすれば何かしら言われる可能性が出てくる。それだけは避けたい。無理はしないと自分に言い聞かせながらあの庭に足を向けた。
依頼と言っても、普通の人間が入るには危険なところに出来てしまったという果実を採ってくるだけの簡単なものだった。しかし辺りは薄暗く獰猛な獣が徘徊している。相変わらず変なものを作ることに執着していると思いながら、吐き気を抑え森の奥に足を運んだ。吐き気は体調のせいもあるだろうが、何よりこの森の匂いだ。奥に足を向けるに連れて嗅ぎなれない、変わった匂いが鼻を突く。
ようやく辿り着いた森の奥に目的の果実は実っていた。手のひらに収まる程度の大きさで、一見林檎のようにも見える。けれど触れればゼリーのように形を変えた。そして、匂い。森全体に広まるくらいの匂いは果実を目の前にしてより一層強くなり、つい鼻を覆いたくなるほどだ。きっと身を守るための刺激臭なのだろう。
手早く回収し、来た道を戻る。道はほぼ一本道だったため、鼻を使うまでもないだろう。その余裕が仇となった。



「……ここは」



目を開けるとそこは白い天井で、どこか懐かしい感じがした。顔だけを動かし辺りを見渡す。一定のリズムで音を鳴らす機会に点滴。その点滴の細いチューブを辿って行くと自分の腕に向かっていた。そこで思い出した、ここがIGOの施設内であることを。そして、何故自分が今ここにいるのかを。
はっとして身を起こし腹部に手を当て、意識を集中させた。膨らみはあまり無かったとはいえ、それでもいつもより出ていたはずなのにそこに膨らみは無く。自分の体は自分が一番知っていると意識を集中させたが、そこに温かなあの感覚は無かった。



「起きたか、トリコ」
「しょ、ちょ……」



声のする方に視線を向けるとどこか神妙な顔つきのマンサム所長が立っていた。いつから、いたのだろう。ついさっき来たばかりなのか、それとももっと前からいたのか。まるで水の中を漂っているような感覚に夢を見ているのでは無いかと錯覚する。しかし、意識を失う前に負っただろう傷が痛み現実だと引き戻された。
どうしてここに居るのかは、分かる。依頼された果実のあの強い匂いに鼻が鈍り、獣の気配を感じるのが遅れたのだ。そして、本能的に体を守ろうとしたため反撃はせず、守りに徹した。だが体調はそれ程良いものではなく、傷を負ったのだ。それからの記憶が無いということは、帰りの遅いことを心配した所長が探しに来たのだろう。迷惑をかけてしまった。情けないと思いながら所長を見上げる。やはりどこか神妙な顔つきをしていて、なんでそんな顔をしているんだと笑いたかったがそれは出来なかった。



「トリコ、言わなきゃならないことがある」
「……ああ」
「怪我の方は、もう少し経てば治るだろう。だが、お前の」
「分かってる、……分かってるよ」



所長の言いたいことは分かっている。痛い程、分かっていた。だからこそ聞きたくなかったのだ。所長は暫く寝ていろと言って部屋を出て行った。それからまたベッドに横になり、白い天井を見つめる。小さなころも、こうして天井を見ていた。
子どもは流産したのだろう。いくら人より丈夫とはいえ、獣に襲われ怪我まで負ったのだ。意識を失うほどで、怪我をした部分も影響しているのかもしれない。だが、考えてももう遅かった。消えた命は戻らないのだから。そうしてしまったのは誰でもない、自分自身だ。まだ産まれてもいない子どもに、あれ程喜んでいたスタージュンに、何て言えば良いのだろう。答えが浮かぶはずもなく、視界が濁った。





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趣味全開ですみません。
続き誰か書いてください。





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