彼はいつも背中が丸いことと、彼はいつも漫画を読んでいることと、彼の銀色の髪が地毛であることと、彼の名前が坂田銀時であることしか私は知らない。



(今日も、読んでる)



朝、学校に行く。一番後ろの席の、窓から二番目の列。太陽の光が暖かい。つい眠くもなるが、それもまた一興なのだと誰かが言っていた気がする。その私の隣、窓のすぐ隣の席に、坂田銀時は今日も漫画を読んでいた。今日は月曜だからと、予想通りジャンプを広げている。
彼、坂田銀時はいわゆるオタクという人種らしい。漫画やアニメ、二次元というものに愛を注ぐ人種。一般的なイメージだと、失礼ながら暗いイメージしかない。しかし彼はクラスの中心とまで呼べるほど人望があった。分け隔てなく話すし、何より優しいのだ。
私はそんな彼が好きだった。



「坂田、坂田っ」



放課後、私は日直の仕事を果たす為必死に彼の名前を読んでいた。教室に差し込む夕日は綺麗だが、教室に鍵を掛けなければ日直の仕事は終わらない。その教室に鍵を掛けるために、自分の机に突っ伏している彼を起こさらければならなかった。しかし彼は眠り続けるだけで到底起きるとは思えない。ならば担任に理由を話し日誌だけ渡して帰ることも出来る。けど、私はしなかった。
恋心を抱いている相手がこうも自分の目の前で無防備に寝ていたら、男だろうと、女だろうと少しくらいこう思うのではないだろうか。もうすこしだけ、こうしていたいと。あわよくば、とも考えるのではないだろうか。少なくとも、私は思う。彼の、名前を呼んでみたかった。坂田、と苗字ではなく。



「ぎ、銀時……」



小さく呼んだため、もちろん彼は起きない。子どものような寝息が聞こえてくるだけだ。そんな彼にまた一層愛しさが込み上げる。オレンジの夕日が銀色の髪に反射してオレンジ色に光り、どこか甘い香りのしそうなその髪に触れたいと思った。けれど下手をすれば起きてしまう。それでも触りたい欲求は消えなくて、そっと手を伸ばした。思ったよりも柔らかい髪は私の手によってふわりと形を変える。それが楽しく、少し強めに触った。



「ん……」
「あ、ぎ、さ、坂田っ」
「……ん?あ、あれ」



声を出した彼に驚き急いで手を離す。咄嗟に名前を呼んで起こそうとしたため、うっかり名前の方を言いそうになってしまった。急いで訂正し、また彼を呼ぶ。まだ寝起きで頭が動かないのかゆっくりと頭を上げて辺りを見渡す。横を向いた彼の頬に赤い服の痕がついていて、寝起きで幼く見える顔がさらに幼く見えた。
ようやく目が覚めたのか自分の状況が分かったらしい彼はごめんと謝って帰る支度をし始めた。少し残念な気もするが、私は別にいいと言って彼の支度が終わるのを待つ。彼が教室を出るまで鍵はかけられないのだから当たり前だ。



「あー……ピン子ちゃんとデートしてたのに夢かよ」



ぴくり、と体が動く。誰だろう、その名前の子。私は知らないし、たぶんこのクラスでもない。他のクラスかと思ったが、思い出せない。デートをしていたと彼は言った。その子と、デート。そう考えた瞬間に黒くどろどろとした感じが胸を締め付けた。



「な、なぁ」
「なに?土方」
「あっ、その、ピン子って……彼女か?」



名前を呼ばれたことに嬉しさを感じながらも心臓はありえないくらいに早く動いていた。息が苦しい。変な汗をかきそうだ。相変わらずいつもの、ちょっと抜けた表情の彼はゆっくりと口を開けた。



「ピン子?うん、彼女。ゲームだけど」
「ゲー、ム?」
「知らね?ラブチョリスっつーんだけど……あった。ほら、これだよ」



彼は鞄から折りたたみのゲーム機を私に開いて見せた。白い割烹着に身を着た女の子と金髪の男の子がいる。ゲーム機の、中に。そういえばこのゲーム、近藤さんと総悟も持っていたかもしれない。つまり、坂田のいうピン子とのデートはこのゲームのことだった、みたいだ。



「ようやくここまで攻略出来てよー、いやぁ長い道のりだったぜ」
「そ、そうなのか」
「おう!ま、デートっつても画面と睨めっこでさ……はぁ、マジでピン子画面から出てこないかな」



ゲームの中だと安心したが、それでも彼はそのゲームの中のその子がいいと言った。胸の痛みは消えるどころか少し酷くなった感じがする。痛みは止まない。だって、少なくとも彼はそのゲームの子とデートがしたいのだ。その子のことが、好きなのだ。



「鍵、閉めんだろ?悪かったな」
「いや、そんなことないから」
「そか?んじゃぁまた明日な」
「あぁ……また」



小さくなる背中に目を向けながら教室の鍵を閉める。扉を一度引いて、きちんと鍵が閉まったか確認。その頃にはもう彼の姿は見えなくなっていた。担任のところに向かう途中、私が二次元の女の子だったなら。そしたら彼に愛されていたのだろうかと下らないことを考えて躓きかけた。





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オタク銀さんと乙女土方。
キャラ崩壊乙。





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