本編一年後設定







まどろみの中で声がした。懐かしくて暖かいその声にひどく自分が執着していたことを俺はその時初めて知った。がばりと今まで横にしていた体を起こし辺りを見渡す。もちろん俺が執着していたあの人はいない。もうこの世にいないのだ。それでも俺は辺りを見渡す。そこは俺と同い年の甥が使っている実家の部屋だった。辺りは薄暗く腕時計を見てみると時刻は深夜だった。遠くで虫が鳴いている。視線をまた辺りに向ければそこにはこの部屋の主である甥がいた。俺は確かめるように甥の名前を呼んだ。



「理一……?」
「少しうなされてたが……大丈夫か?」



他に人はいなかった。この部屋で俺と甥である理一以外に人はいない。そんな当たり前の事実に俺はひどく心が痛んだ。ああやはりいなかった。いなくなってしまった。その事実の悲しさからか無意識に布団のシーツを握りしめる。そういえば俺は何故こんなところで寝ていたのだろう。大方飲み過ぎてのことだろうから聞きはしないけれど。いくら酔っていたとはいえ夢でもあの人の声が聞こえるなんておかしな話だと思う。あれから一年も経ったのに。いやあれから一年しか経ってないのか。どちらでも構わないけれどとにかく一年という時間が経ったのは間違いなかった。そしてあの人はもういない。



「気分悪くないか?」
「あぁ……べつに」
「ならいい。ゆっくり休めよ、佗助」



まるで労るようにシーツを握る手を握られた。手を握られて感じるのは少女漫画よろしくな砂糖菓子のように頭をじんわりと包み込むような甘い刺激なんかじゃなかった。その温度が唯一俺が世界で初めてこの人のためにと思ったその人に初めて触れられたあの温度ととても良く似ていて。甘い刺激なんかじゃなくて俺の涙腺をあっという間に壊すことの出来るくらい強くて苦くて切ない刺激だった。悲しさが振り返す。あの優しい声色が理一の声と重なる。まったく違うはずの声なのに何故こんなにも似ているのだろうか。きっと本物の家族だからこそ出来ることなのだろう。そう考えてまた悲しくなった。そしてついに涙が零れた。声さえ上げなかったがまるで赤ん坊が泣くように涙が次から次へと流れていく。



「おいっ、佗助」
「……っ、ぁ」
「どうしたんだ?佗助、しっかりしろ」



名前を呼ばれる度に全てが蘇るような感覚に支配される。遠く昔のことなのに今あの人がすぐ近くにいるような。ああ頼むそれ以上その声で俺を呼ばないでくれ。俺はその声を聞くだけで壊れてしまいそうなんだ。理一が握ってくれている手は俺の涙で濡れていた。窓から入る生温い風のせいなのかその手だけがとても冷たく感じる。まだ俺の名前を心配そうに言う理一の口を俺は自分の口で塞いだ。頼むからもう呼ばないでくれ。





悲しみで死んでしまう





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