ここは愛の街。
「銀色の牙の翼が居なくなったそうだ」
バイト先の店長がそう言った。銀色の牙とはなんだったろうと考えるとそういえばあの人がそう呼ばれていたと気が付く。この街を裏から支配しているという人。たまにここに来てお酒を飲む人。店長の知り合いらしい人。その人の翼が居なくなったらしい。
「羽が生えていたんですか、あの人」
「まさか」
苦笑いされた。ならなんだろうと考えると店長が相棒だと答えてくれる。相棒。なんだかあの人には似合わない言葉だ。だってあの人はいつも一人でお酒を飲んでいたから。そんなあの人の相棒が居なくなった。羽が無くなったらしい。
「喧嘩したんですかね」
「さあな。でも、どうやら街を出て行ったようだ」
それから店が開いてたくさんの人が来る。綺麗なお姉さんや仕事帰りのおじさん達。今日はカウンターでお酒を出したりコップを磨く仕事。あとおつまみも出す。料理は奥の厨房に言わなきゃ駄目だけどバタピーくらいなら出せるから出す。
「強いのを頼むよ、お嬢さん」
磨いていたコップから顔を上げるとあの人がいた。注文された強いお酒を棚からウィスキーを出して氷の入ったグラスに入れる。レモンティーみたいな色だといつも思う。けどお酒はお酒だ。
「喧嘩したんですか」
「誰がだい?」
あなたの羽ですというと面を喰らったような顔をして途端にのどを鳴らしながら笑われた。私が馬鹿みたいだけど言ったのは店長だから私は悪くない。被害者だと言ってもいいレベル。笑いながらウィスキーを飲んでまたくすりと笑う。なんだかどうでもよくなってきた。
「ああ、喧嘩をしたのかもしれない」
「街を出ていく程のですか」
街を出ていく人を私は始めて知った。この街から離れていく人なんて見たことがないからだ。他の街から逃げて来た人。ふらふらと来た人。求めて来た人。そんな人ならたくさん見たけど出ていく人は居なかった。さぞ大喧嘩をしたのかと思ったけどなんだか違うみたいだ。大人はみんな回りくどい。
「でもそれで良かった」
「喧嘩が、良かった」
分からない。大人だからなのかこの人だからなのかは分からないけど分からない。他の大人には分かるのだろうか。分からないのか。それすらも分からない。この人は分からない人だ。
「きっとあいつはここに戻らないだろうな。俺が居る間は、きっと」
「あなたの羽なのに」
ウィスキーの入ったグラスが空になる。もう一杯というように差し出されたグラスにまたウィスキーを入れた。私はレモンティーの方が美味しいと思うけど言わないでおこう。この人にコンビニのペットボトルは似合わない。
「そうだな、翼だ。でももう無い。もしまた生えるのなら、同じ翼になってくれればいいさ」
----------
森田と銀さんの話。
別れた二人はいつ再開するんでしょうね。
私はずっと待ってます。
CR第二弾おめでとうございます。