藤堂隆宗


「しんじんしゃ?」
「違う違う」

 気心知れた友人である隆宗が茶封筒を片手に隣に座る。
 見覚えのない漢字の羅列に声を漏らせば、"さにわ"って読むらしいぞ、と人の良さそうな顔で笑われた。

「まあ、俺も"しんしんしゃ"だと思ってた」
「ふうん?・・・で、何これ。新しい詐欺?」

 堅苦しい文書が長々と綴られている紙面には、政府がどう歴史修正やら嘘臭い名称が所々に書いてある。
 終いには、呉々も口外はせずに、ご丁寧に念押しも忘れないでいる。

「いやあ、俺も新興宗教の勧誘かと思ったんだけどなあ」
「あー、ははっ。確かにこれじゃあね」
「だから直接、行ってみた」
「どうしてそうなった」

 聞けば、どうしても気になったとか。
 そういえば、この藤堂隆宗という男は出会った頃からそうだった。


ーーーあれはアルバイト先でのことだった。
 休憩室で煙草を吸う男は部屋に入ってきた那智を見るなり言ってのけたのだ。

「随分と浮かない顔をした美人だ」

 よりにもよって、今の今までそれのせいで女性社員から散々と言われていたというのに。
 もう、嫌だ。けれども目を背けることは逃げるということ。逃げは、いけない。

「・・・・・・お疲れ様です」
「おお、もう上がりか?」

 アルバイトなので、とぶっきらぼうに返せば、社員かと思った、と綺麗な笑顔を浮かべた。
 綺麗、確かに綺麗だったのだ。格好良い、ではなく綺麗。
 先程の女性社員たちから見れば、きっとカッコイイだのイケメンだのと盛り上がる顔ではあるのだが、その笑顔を見た瞬間、どうしてか綺麗だなどと思ってしまった。
 きっと雰囲気だろうな。煙草の臭いや紫煙すら絵にしてしまう美しさが、この人にはあるのだろう。
 まあ、関わらないに越したことはない。そう思い扉に手をかけた時だった。

「ここの社員はなかなかに怖いだろう?お前にとっては、な」

 驚いた。
 振り向けば、相変わらず綺麗な微笑みで男は続けた。

「まあ、対一人であれは誰だって怖いだろうが」
「・・・・・・な、ど・・・」
「いやなに、声が聞こえたから気になってな」

 煙草を灰皿に押し付け、帰りは歩きか、と聞かれた。正直に電車で来ていることを伝えると、なんだ方向が一緒なのか、車で送ってやろう、と立ち上がった男に素直に頷いた。
 普段ならば出会ったばかりの他人の誘いに頷くなど馬鹿な真似はしない。
 女性社員からの行いが知られていたことにも驚きだったが、何よりも初めてだったのだ。
 知らぬ損ぜずのフリを貫くわけでもなく、ましてや本人たちを糾弾するわけでもない。

 自分自身に向けられた、その優しさが初めてだった。





「隆宗さんが知りたがりなのはいつものことか」
「ん?そうだなあ、気になったことは追求したくなる」
「いつか、それで自分の身を滅ぼさないといいんだけど」

 大丈夫さ、と笑う隆宗は、いつだって綺麗な微笑みを崩さない。


「・・・・・・それで、その"さにわ"の場所はどうだった?」
「ああ、少し長くなるが」


 最初からそのつもりだったのだろう、目の前のテーブルに置かれたマグに入ったコーヒーを一口すすった。




  
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