男の指が身体をなぞるたび、安堵にも似た心地よさが自身を支配する。
下腹部から突き上げてくる快楽に声を漏らせば男が小さく笑ったのが分かった。
同時に唇を優しく食まれ心地好い刺激に夢中になっているとーーー。
「ーーー・・・っあ・・・」
「ケイト?」
「・・・・・・あ?」
目の前には、見慣れた青いジャケット。
視界すべてがくすんだ青だった。
そのまま見上げれば、この部屋の主であるソーマ・シックザールが見下ろすように立っていた。
「・・・唸されてたぞ」
大丈夫か、と言葉にはしないものの、こちらを見つめるスカイブルーの瞳は口ほどにものを言っている。
本人は無自覚なのだろうか。他の人には決して向けられることのない、その視線、その意図に気がつかないほど子供ではない。
「んー・・・。最近、夢見が悪くてさぁ」
決して悪い夢ではないのだが、どうしても途中で目が覚めてしまう。
よいしょ、と熱を孕んだ視線から逃れるように起き上がる。
「・・・どうでもいいが任務に支障をきたすなよ」
ただでさえ、最近のお前は注意力が散漫してる、と今度は睨まれた。
「あらやだ。ソーマに心配されるのってむず痒いんだよなー。その心配性なんとかなんねーかなー?」
「お前はその喋り方なんとかなんねえのか」
「なんねーかなー」
訝しげなソーマにニヤリと笑ってみせる。
「だって別に良くね?ていうか絶対こっちのが良いだろ?良いに決まってるだろ?」
疑問符というお飾りのイントネーションと共に畳み掛けると返ってきたのは深いため息。
「別に・・・昔のままでも良かったんじゃないのか」
「んー?何言ってんだよ。今も昔も楽しいことダイスキー人間じゃんか。なんも変わってねえだろ?」
そうだ。中身は驚くほど変わっていない。
変わったところといえば、伸びた髪や身長。体つきも女性らしいものになってきたし・・・。
自分の体を上から見ていると、頭上から、本日二度目のため息。
「・・・その、男のフリをする意味が分からねえって言ってんだ」
伸びた髪は短髪のウィッグで隠し、伸びた身長を利用して、女性らしい体つきは服でごまかし、常に声を低め口調を変える。
東洋人のベビーフェイスを生かし、極東支部内では中性的というポジションを得た。
「んー?意味なんてないよ」
我ながら、もっと上手い切り返しは無かったのかと少しだけ焦りを覚えた。
そういう時は・・・とまるで何かを思い出した時のように壁にかけてある時計に目を向ける。
「んなわけ・・・」
「あっ!!」
ナイスタイミング。
「やっちょっと!!なんで言ってくれないの?!」
「・・・あ?」
本当に焦っている時のように口調を戻し、声を荒げる。
「支部長に呼ばれてるんだってば!!」
「俺が知るわけないだろ・・・」
「言ったよ!!」
「聞いてねえ」
「聞いててよ!!」
急いで靴を履きなおし、ソファの背もたれにかけてあった上着を羽織る。
「ああもうあと一分とか!!」
「・・・おい。カツラ、ズレてるぞ」
「ウィッグな!?別にハゲてないし!!」
慣れた手つきでウィッグの位置調整をする。
よし、と扉のコードキーに手を伸ばしたところで、ソーマの方を勢いよく振り向く。
「あっソーマ!!」
「ーーーッ?!」
「今晩も来るから!」
「は?フザケる・・・」
「俺はいつだって真剣!!じゃ、行ってきまーす!!」
バタバタと廊下の突き当たりまで走り、ボタンを連打し、やってきたエレベーターに急いで乗り込み、中のボタンをも連打する。
扉が閉まり、動き出したところで、ようやく肩の力を抜く。
「ーーー・・・ハア・・・」
様々なものを使い、自分の感情を押し殺し、時には目的のために自身という対価を支払うことをも喜しとしてきた。
全ては、ヨハネス・フォン・シックザールに教わったことである。
どんなに無茶な命令でも、ヨハネスの言った通りに動けば、不思議と難無く遂行できた。
けれど、自身に対する恋心を利用する方法は教わっていない。
どうしたら、この罪悪感から逃れられるのだろうか。
「ーーー失礼します」
「お前か・・・遅れるなんて珍しいな」
どうか、誰も私の中を見ようとしないで。
どうか、誰も・・・醜い私に気がつかないで。
仮面のように張り付いた笑顔の裏に気がつかないで。
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