おとぎ話風
神童王子と従者雪村






何でも虹の下には宝石が余るほど落ちているらしいので、神童は駆け出しました。「虹だ!」
「待って、神童ってば!」
雪村は後を追います。見慣れた栗毛は風に靡きました。ああ、という間に遠ざかってしまって、神童、と名前を呼びますが見当たりません。どうしよう、と枯れた声で呟いた雪村は、泣きそうになるのを堪えて、とぼとぼと神童が駆けていった林へ入っていきました。ピンクの髪をした硝子細工の守衛よりも、悪魔のような剣を持つ護衛よりも、負けたくありませんでした。あいつは俺が守ってやらなきゃと思っている節が、雪村にはあったのです。足に絡みついた蔦を忌々しく見つめて、ちょん切ってしまいました。はやく神童を見つけたかったのです。
「神童、神童」
「雪村こっちだよ、こっち!」
神童のアルトが聴こえた方へ足を進めると、べそをかきながらこちらに手を振る神童が見えました。
「虹を追いかけているんだけど、ちっとも追い付かない」
「行ってみよう」
神童に手を引かれます。国の長老が云うには宝石はひとつしか拾ってはいけないらしいので、きっと神童は、硝子細工の守衛にその宝石をあげるつもりなのです。(きれいだもんな、硝子細工と宝石なんて、お似合いじゃないか)
「なかなか追い付かないな」
「そうだなあ…」
七色の橋を見上げて、原っぱへ出ると、「痛い!」神童が声をあげました。地面を見ると、きらきらと、今まで見たことのないような宝石たちが、そこらじゅうに散らばっていました。まるで、花のように。わあ、と神童も負けないくらい目を輝かせています。
「雪村、はやく拾おう」
「触っちゃいけないよ、どうやら、怪我をしそうだ」
雪村は神童の両手を握って、一緒にしゃがみました。「尖ってるから、だめだ」神童の手はピアノを弾く手ですから、雪村はその演奏が大好きですので、人一倍大切にしているのです。
「雪村、すごいよ、これはきっと夕日をそのまま閉じ込めたんだね」
「すごい」
思わず手を離して、かき集めようとしてしまって、引っ込めます。宝石はひとつしか、だめなのでした。
「神童、どれを拾うんだ」
「うーん、どうしよう…」
たくさんの宝石がありました。雨上がりの原っぱは、雨粒が太陽に反射して、眩しいほどでした。その上に散らばる宝石は、色とりどりに光っています。
「これなんかどうだろう。まるで神童の爪のようにきれいじゃないか?」
「わあ、それはきれいだな。でも…」
雪村が止める暇もなく神童の手は離れて、ひとつの石を掴みました。次の瞬間には、可憐な指の間から、血がぽたりと、草を汚します。雪村は、神童!と泣くような声を出しました。
「雪村の瞳みたいだな。深く澄んで、星が瞬いてる。雪村もそう思うだろう?」
太陽に透かしてみせた神童は、いつの間にか角がとれたそれを、雪村の手に握らせました。(きっと、神童の血が、そうさせたんだ)あまりのきれいさに、思わず息を飲みました。
「あげる」
「そんな、だって」
「いいんだよ。貰って」
さあっと、ふたりの間に風が走り抜けました。遠くで名前を呼ぶ声が聞こえました。
「さあ行こう。帰ろう。そうだ、帰ったら、紅茶を煎れてあげる」
神童と手を繋いで、森の中を歩きました。足に絡み付いた蔦は、丁寧にほどきました。
(ひとつを手に入れたら、俺は、なにも、なんにだって)














thx.リリパット


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -