気持ち悪い









「なんできみと喋れるんだろう」
(さあ、なんででしょうね)

影は基本的に、主である人間と話すことはない。しかし神童は話すことができた。蝉が五月蝿く喚いている、ある夏、アスファルトを踏みしめた神童は、影と初めて話した。神童の頬を伝った汗が、ぽたりと落下して、影に染み渡る。頭が可笑しくなっているのかもしれない、と思った。こんな炎天下に居るのだから、頭に何か異常が起きたとしても、全くおかしくない。神童はかがんで、アスファルトに両手をついた。あまりの暑さに声を出しそうになるが、必死に我慢した。
「きみも、暑いかい?」
(暑いけど、さっき、学校のプールに行ったでしょう。だから、むしろ涼しいです)
まだ水の重さを含んでいる髪が、ぺたりと額に張りつく。麦わら帽子を被っていると、頭が蒸れて仕方なかった。いくらプールに行ったからって、このアスファルトの上じゃ、暑くて仕方ないだろうに…。
(プールはいいですね。水中から見る空は、きらきら揺らめいていて…貴方が四肢を延ばして泳ぐ姿は、綺麗です)
「今は何が見える?」
(太陽と貴方が)
神童は麦わら帽子を外して、影にそっと被せた。息が上がって、瞳が潤むのが解った。影は自分なのか、それとも別のなにかなのか、神童には解らなかった。しかし神童は、影が愛しくて、影をそっと撫でた。少しだけ、吐き気がする。神童の動くままに、影も動いた。
(太陽から貴方を守れないのが、つらい…)
(きみを固い地面から守れないのが、つらい)
息を弾ませて、神童は駆け出した。建物の影に身を滑らせる。麦わら帽子は、そのまま置いてきた。影は溶け込んだ。溶けて、馴染んで、解らなくなる。夏風が汗を冷やした。
「涼しいか」
(はい、とても)
頭がくらくらする。指先は痺れて、堪らずしゃがみこんだ。口許を抑えて、深呼吸をしようとして、胃液が這い上がってくるのに耐えきれず、指先の間から、ぼたりぼたりと、消化しきれていない液体や、昼食だったものが落ちた。
(我慢しないで、)
荒い息を飲み込んで、涙がポロポロと落ちた。
「ごめん…」
そのまま、少し泣いて、そこに暫く座っていた。タオルで口を拭いて、立ち上がると、ふらふらと歩き出す。アスファルトの一本道を踏みしめると、脇を車が通って、影を轢いていった。涙か、汗か、幾度となく首を伝って、そのまま意識を手放した。影は、神童を受け止めた。向日葵は、無表情にそれを見下ろした。










thx.ace


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