神童が猫になったのは、半年前のこと。

茶の毛並みを風にさらす。窓から見るこの景色は、大分低くなってしまった。何で猫になったのか、わからない。人語は話せるし、人間の精神も(たぶん、まだ)自分の中にある。
「神童、ごはん」
利点は、と聞かれたら、南沢の膝に容易く乗れること、沢山撫でてもらえることか。棚の上からひょいと飛び降りて、南沢の脚に擦り寄ると、南沢はくすぐったそうにふわりと微笑んだ。ついでに南沢さん、と呼んでみる。よしよし、と撫でてもらい、ダイニングの椅子に飛び乗った。
「いただきます」
もう人間の食事は、食べれない。タマネギなんてもってのほか。前に試してみたらお腹を壊して大変だった。魚を解したものを口に運んでもらう。どうしても、皿を舐めたり、頭を突っ込んで食べるということが嫌だったのだ。猫、だけど。人間じゃあ、ないけど。
「あーん」
口に運んでもらって、咀嚼しながら、タマネギはどんな味だったか考えた。あれ、どんなだったっけ。すっかり、思い出せない。以前は豪華な部屋で、フレンチなんて食べたりしていたのに。人間じゃないのだ。最近、とくにそう感じる。動くものを見れば追いかけたくなるし、屋根を見れば登りたくなる。ああ、俺は、人間じゃないんだ。南沢さんの、恋人では居られないかも。魚を飲み下し、俺のために骨を取り除いている南沢さんを見た。試しに、にゃあと鳴いてみる。
「…神童?」
途端に、顔色が変わった。ぴたりと箸が止まる。俺が、猫になったんじゃないかって、心配しているのだ。
「…ごめんなさい、冗談です」
ふっと息をついて、良かった、と呟いた南沢さんの声は、少し涙を含んでいる。あわてて南沢さんの膝に移った。ごめんなさい、でも、いつか俺、完全に猫になっちゃうから。いつか人間だったなんてこと、忘れちゃうくらいに、貴方のお荷物にしかならないから。南沢さん、だけど今は、貴方の傍に居る我が儘を、許してください。貴方の為だったら、捨てられて、車に轢かれたっていい。ぺろりと頬を舐めて、南沢さんの口に小さなキスを落とした。










thx.joy


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