西日の射す部屋に住みたい。今まで俺は、部屋のことなんて全く、関心がなかったのだけれども、淡雪が舞い降りてきたときのように、気がついたら口が動いていた。西日の、柔らかな日差しに当てられたかった。
「西日の…そうだね」
何せここには窓はあるのだけれど、お隣さんの大きなマンションのせいで全く、日が射し込むことはない。まあ、そのお陰で家賃も安上がりなのだと、俺よりも部屋に関心のない先輩は言っていたけれど(たぶん、理由はそれだけじゃない)。だからそんなに肌が白いのである。先輩は一瞬、ちらりとその小さな窓を見て、柔らかな表情をした。まるで日射しを吹き込むことが出来ないその窓を、慈しんでいるようにも見えた。
「先輩」
「うん」
「先輩は俺が幸せにします」
誰かに貰ったのであろう、持ち手が欠けたマグカップの中のミルクを見つめながら言うと、そう、とだけ相づちが打たれた。
「春には一緒にお花見して、夏には海に行って、焼けた肌が痛いなんて言うんです。秋はたくさん食べるんです。そして幸せ太りだって、からかわれるけれど、笑うんです。冬には、こたつで抱きしめあって寝るんです」
一気に言って、息を吐くと、ミルクが波打った。

だから、昔の男なんて、わすれちゃえよ。

そう言うと、やっぱり先輩は、驚きもしないで俺の真似みたいに自分のマグカップを見つめている。ああいらいらする。先輩のこと大好きだけど、そういうとこは嫌いだ。俺の言ったこと、きっと半分も解っていない。解ろうともしていないのだから、嫌だ。その骨ばった白い手に包まれているマグカップだって、その男が置いていったんでしょう。俺には頂き物のマグカップで、自分は元恋人のものを使うだなんて、卑怯なんだよ。
「ねえ雪村」
先輩はマグカップに爪を立てて、かちりと音がたった。
「僕はそんなに、可哀想かな」
「可哀想、ていうか」
温くなったミルクに口をつけた。
「見てられないです。いつか、この部屋で…消えちゃうんじゃないかって」
「消える?」
「消えるっていうか…見えなくなっちゃいそうで」
未練しかないこの、日の射さないアパートで、じわりと居なくなりそうで、溶け込んでしまいそうで。
「僕を幸せにするっていうの?」
「します。幸せすぎて、しにたいくらい、幸せにするんです」
ようやく顔を上げた先輩は、マグカップを机に置いて、膝を抱えた。あ、また顔が見えない。
「あの人が戻ってきたら…」
「ほんと、情けないくらい女々しいですね!そんなの、俺と幸せなんだから、意味ないです。しつこいようだったらそんなやつ、雪だるまにでもしてやりますよ」
「雪だるまに?」
それはいいね、と少し愉快な声音が聞こえた。
「雪村ってほんと、面白いよ」
今度は鼻をすする音が響いた。
「ありがとうね」

これが、幸せなのかもしれない。

呟かれた言葉に、俺は飛び上がって驚いた。だってだって、それって!
「さあ、西日のさす部屋を探しに行きましょう、先輩!」
無理やり腕を引っ張ると、泣き笑いな表情で頷かれた。何で幸せなのに泣いてるんだよ。視界の隅で、空のマグカップが転がった。







thx.慟哭カタルシス


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