郵便受けに入っていたのは、小さな手のひらに乗るような、藍の色をした箱だった。添えてあるメッセージカードには、あなたの眼球です、神童より、とだけ。カードには天使の模様がついていた。あなたへの、眼球。
「あの色じゃご不満ですか?似せたのを用意させたんですが…」
「不満も不満、大不満だよ。なんで義眼なんか付けなきゃいけない?」
勉強机に放り出された箱は、行き場を無くしたように手持ちぶさたで、異様な雰囲気を放っていた。結局不気味で開ずにいる。あー、気持ち悪い。捨てようにも、大体眼球って、どこに捨てるの?資源ごみ?
「だってだって」
一瞬、恥じらいを見せて、すぐに真顔になった神童は、それこそぬいぐるみの硝子みたいに大きな瞳で南沢を見つめた。
「絶対、美味しいんです」
「食べるのかよ」
「飴玉よりも甘いんですよ、きっと!」
舐めちゃいたい訳か。やらないよ、と何回言っても、いえいえ下さいの繰り返し。さあ困った。神童は思い込みが強く、諦めが悪かった。こんなの舐めたってちっとも甘くなんか無いだろうに。きっとぬめぬめしてて生臭くて固くて柔い。しかし絶対に美味しいと豪語する神童の眼球は美味だろう。きっとチョコレートみたいに甘ったるいのである。


家に帰って、藍色の小箱を耳元で揺らしてみると、かたかたと音が鳴った。
「おまえ、誰の眼だったの」
(さてさて、どうかな)
あ、こいつは義眼なんかじゃない。ひとの眼だったんだ。神童の長い指にえぐり出された誰かの眼なのである。ぱちぱちと瞬きをする気配が聞こえた。(とんだ災難だな)お前もね。
とは言え気持ち悪いものは気持ち悪い。捨てちゃおう。


(待って待って、捨てないで)
んなこと言われましても。(だってこのままじゃ、なりそこないになる)半ば不気味ささえ感じる悲痛さに、吐き気がしてしまう。でも、どうやって捨てたらいいんだろう。とりあえず川にぽちゃんと落としてみた。すると、いつの間にか、自分の部屋にある。おお、これは本格的にホラーなんじゃないか。
「捨てないで、俺に南沢さんの目をあげればいいんですよ!」
「やるわけないだろ」
目を触れようとする神童を抱き締めたり頭を撫でたり、なんとかなだめてみるが、暫くすると硝子玉みたいにキラリと光る瞳でくださいと甘えてくる。だめったら、だめ。


そんな神童を見かねたのか、霧野が話しかけてきた。
「すみません、あいつは叱っときますから」
「ああ宜しく…ええと、霧野」
「はい?」
「あれは誰の眼だったんだろうな」
エメラルドグリーンの静かな瞳で霧野は優しく微笑んでみせた。「どうした」「いいえ、なんでも…」知っているんだろうか。公園のゴミ箱に捨てたはずの藍の小箱は、いつの間にか南沢の学生鞄に入っていた。その存在の距離はどんどん近くなっていくようだった。
「なんだか大変なことになりそうなので、言いません」
こいつの眼は、ちっとも美味しくなさそう。


神童の部屋に遊びに行く。するとべたべた、べたべた、神童はじゃれてくる。正直可愛い。
「最近、甘えん坊さんだな。お前は」
「だって…」
南沢さんがとられちゃうから。今度は膝枕だ。癖毛を撫でてやると、眠そうに眼を擦る。
「南沢さん、あれ、どうしました?」
あれ、というのは、藍の小箱のことだろう。まだ諦めないか、こいつ。
「言っとくけど、やらないぞ、眼なんて」
「もういいんです、もう欲しいなんて言わないから、あれは捨ててください」
「へえ、それはどんな風の吹きまわしだ」
「とにかく、あれのことは忘れてください」
そこでしくしく泣き始めるから、わけは聞けずじまいだ。ティッシュで涙を拭き取ってやりながら、鍵つき引き出しに放り込んだはずのあれが、いつの間にかジャケットのポケットに入っていたのを思い出した。どういうわけかあの小箱、南沢の側を離れたくないらしい。
「俺は南沢の眼じゃなくて、南沢さんが好きなんです」
だから他の誰も見ないで、と。


「というわけでさあ、捨てないといけないわけ。お前の役目はおしまい」
(やめて、捨てないで)
「いい加減大人しく捨てられろ。そんなに俺のこと大好きか」
(まあ、そういうこと)
お、と少し驚いた。眼球に好かれるのも変な話である。ひやりと背筋に寒気が走った。(実をいうとね)(神童拓人の目だったんだ)神童の硝子のような眼を思い出した。あれは比喩ではなく、本物の硝子の目だったわけだ。(見放された、なりそこない)それはお気の毒。ああでも、神童の眼だったのか、それは良い。チョコレート色をしたあいつの眼だから、甘ったるいのだろう。藍の小箱を開けようとして、ふと神童の泣き顔を思い出した。思い浮かべるのが笑顔じゃなくて泣き顔なんて、あいつどうなんだ。
そこである考えが浮かんだ。成る程、神童はこれに気付いて言いたかったのである。神童は、自分の核だけを見て欲しかった。


「じゃあな、なりそこないさん」
小箱を焚き火に放り込んだ。綺麗な放物線を描いてそれは落ちる。めらめらと赤と黄に包まれていく様を見ていた。火はすべてを燃やす。(うまくいかなかった)箱が燃えた。球状の物体が姿を表す。(神童拓人の名前を出せば、いけると思ったのに)残念でした。手についた煤を払って立ち上がる。(俺だって、神童拓人の一部だった)だけど、もう、核じゃない。そうだろ神童。ぎょろりと自分を睨む視線に、薄く笑ってみせた。









企画提出


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -