そうだこの子の身体にしよう、と基山××に精神を滑り込ませたのが10年前。その子の精神はすりきれたように虚弱で、おおよそこの世界に耐えられることはないだろうと判断した。齢4の子どもは明らかに辛い状況にあったのだ。後に基山ヒロトと名付けられるのだったろう××はありがとうとお礼を言って天国に飛び立っていった。


そんな生き方しか出来ないのだ。今まで何回死んだのだろう。何回人生を送っても、天国に行けることはなかった。飽きるほど精神を他人に滑り込ませ、今度こそはこの世界からおさらばしようと思った。今度こそ死んでやる。


その後吉良にヒロトと名付けられ、サッカーをする少年として育った。まあ、諸々変わった育ちと境遇ではあるが想定の範囲である。
円堂守という少年以外は。

「ヒロト、すきだよ」
「…俺も、」
「うそ、つかないでいい」
円堂守はヒロトを好いていた。今まで恋愛ごとは様々と経験してきたけれど、円堂守は違うと思った。何がって、真っ直ぐさ、としか言えないわけだが、ただの単純ではないと思う。
「ウソかなあ…」
「うそだ、お前はうそっぱちだ」
「円堂くんは?」
「正直だ。すきなものには、いつも」
「俺もさ」
そのぶん、面倒くさい。単純であり鋭くて、おまけに正義感もあるだなんて、はぐらかそうにもはぐらかせない。何でこの少年は俺を選んだんだろう。適当に告白を受けて良い返事をした自分を呪った。
「お前がさ、ヒロト」
「うん?」
「ほんとに俺を好きになって、そしたらキスしよう」
「ふうん…」
座ったベンチでぷらぷらと足を揺らせて、生返事をする。全くもって意味がないと思う。
「俺が、円堂くんのこと好きになれなかったら、どうするの」
「俺はずっと好きだよ」
だからお前に、好きでもないのに好きって言われるのが耐えられない。こくりと隣の喉がなる。この円堂守も、辛いらしい。奇遇だね、俺も辛いよ。早く天国に行きたくて仕方ないんだ。


ぷくりと腫れた右足は、黒々と痛々しく白光の下に晒される。医者はゆっくりと首を横に振り、病室を出ていった。
「なんで、黙ってたんだよ!」
「だって」
「だってじゃないんだよ!ばか野郎、ばか、だって、サッカー出来なくなるんだぞ!」
「円堂くん、なんできみが泣くの」
鎮痛剤が切れたのか、じくじくと痛みを感じ始める。円堂は唇を切れるほど噛んで、それでも我慢しきれないようで、また泣いた。
「ばか、ヒロトのばか」
確かに、サッカーが出来ないのは惜しい。かもしれない。困った、痛い痛い痛い!ぽたりと涙が落ちた。痛いのだ。
「い、嫌だよ」
「うん」
「円堂くん、俺、まだサッカーが、やりたいんだ、おれ」
「だから、ばかだって…」
そこまで言い合って、ふたりでわんわん大声で泣いた。初めて自分を大切にすれば良かったと後悔した。


ヒロトはサッカー部を辞めた。マネージャーという手もあるが、皆がプレーしているのを座って応援する気は出てこなかった。
「ヒロト、俺サッカー辞めたよ」
「は…なんで」
「ヒロトのいるサッカーが、すきだったんだ」
バカじゃないの、と思った。嬉しいような、罪悪感のような感情が渦巻いた。どうしてここまでするんだろう。
「俺は、円堂くんのサッカーがすきだったよ」
すっかり腫れのひいた右足を見つめた。
「ありがとうな」
はにかむように下を向いた。
「初めてヒロトにすきって言ってもらった」


休み時間は一緒に話して、昼は一緒に食べて毎日一緒に帰った。ゆっくりとまばたきをするように1日が過ぎた。夕焼けを見ては綺麗だと思い、朝日を浴びて始まりというものに感動した。生きている!ヒロトは生きていた。何回も生きてきたなかでこんなに貫く日々は、おそらくない。
「ヒロトはよく笑うようになったな」
「そうかな」
「昔は張り付いたみたいな笑顔だったぞ」
「なにそれ、」
生きている。息を吸って、食べて、笑って、時々泣く。
「すきだよ、円堂くん」
ゆっくりゆっくり、唇が近付いた。


天国は遠い存在だった。だから行きたいと願っても行けないはがゆさを何度も体験した。空を恐る恐る見ると、嗚呼、今日も変わらない、青空だ。もう天国には行きたくない。今は重力でさえ、いとしい。
「死にたく、ないなあ…」
「なに?」
「俺が死んだら、泣いてくれる?」
円堂は不思議そうな顔をして、当たり前だ、とヒロトの頭を撫でた。
「変なこと言うなあヒロトは」
ヒロトはもうじき死ぬことを予知していた。


身体からおおよそ体重というものが無くなり始めた。飯はちゃんと食べているし、身体に異常もなく、病気でもない。(ああやっと)(やっと終わるのか)(今になって)様々な感情がヒロトを渦巻いた。それは肉体が死ぬというよりも、精神が天国に導かれるような、そんな感覚だった。いつかこの身体をふわりと離れて、風に乗って、天国に行くんだろう。(肉体は、腐るのかな…)円堂は泣いてくれるのかわからない。朽ちる身体を見られたくないと思った。


「ん、あれ…」
「どうした円堂」
「ヒロトがさ、さっき風に乗ってふわーって」
「そんなわけないだろう」
「ほんとだってば」
円堂は空をもう一度仰いだ。やっぱり、幻覚?風丸がはやくと急かしたから、よく見えなかった。ああそれよりも、ヒロトへのプレゼントを早く決めなきゃ、幼なじみに付き合ってもらっている意味がない。急いで風丸の背中を追いかけた。(あいつは、寂しがり屋だからなあ…)










thx.joy


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