あ、あ、と喉に手を当てて声を出す。風邪ですか、隣の剣城が言う。残念、風邪じゃねえよ。でも喉がからから渇いて仕方ない。声だって、なんだか出すのを躊躇してしまう。辺りの景色は夕日に照らされて赤かった。部活終わりの気だるい体を伸ばした。行儀悪く学ランのボタンを外して喉を風にさらした。何か変わるわけでもないが。
「変声期」
「え」
「ってやつかもな」
剣城がくいっとこちらを向き驚いたように口を開けて、目が合う。驚くことでもないだろうに。
「先輩にも、声変わりがあるんですね」
「…失礼にも程があるだろ」
すみません、と謝られる。どうやら本心で驚いたらしい。喉仏を撫でてみる。少しの膨らみが生々しくて(元来俺は、血だとか脈だとかが苦手である)、手を離して剣城の袖を握る。
「最近、身体が痛いんだ、肩幅だって広くなってきて…」
怖かった。掠れた声だったから、震えた声には気づかれなかったかもしれない。不安。俺が、俺じゃ、無くなるんだよ。これから髭だって生えるんだろう。うげえ気持ち悪い。
「嫌なんですか」
「嫌じゃ、ない、むしろ嬉しいけど」
「けど?」
「今が、いちばん俺が綺麗な時なんだろうな、って思う」
うまく伝わっているだろうか?なるべく言葉を選んで言ったつもりだけれど。これから俺は男になるのだから、嬉しいけれど。けれども、だ。尊い、そう言われたことがある。君の刹那的な美しさは、尊い。
「いいじゃないですか」
「何が」
「先輩が平凡な只の男なるんでしょう」
「…まあ」
「じゃあ、いいです」
自己完結してんじゃねえよ。相変わらず言葉の足らない奴だな。立ち止まって息を吸い込んだ。肺まで、深く。みしみしと体が鳴っている気がした。
「あ」
「はい?」
「今、きゅんてした」
たん、たん、たん!足を踏み出して、跳ねる。知ってるか、スキップって大人になると出来ないんだぜ。


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