光の中に消えてゆく
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彼女は、俺が初めて見る顔をした。
俺以外の男の前で。
所謂、幼馴染という存在だった。
幼稚園のときからずっと一緒で、風呂だって一緒に入ったこともある。…まあ10年も前の話だけれど。
一番そばにいるのは俺で、それはこれから先も変わらないものだと思っていた。
あんな相談を受ける前までは。
「ね、和成、相談したいことあるんだけど…」
「んー何?赤点でも取った?」
「ち、違うよ……」
顔を赤らめる姿に、嫌な予感がしたんだ。
「あのね、わたし、好きな人できたの」
嫌な予感がしたんだ。
好きな人とは、宮地先輩のことだったらしい。
俺に誘われて行ったバスケの試合で宮地先輩のことを見かけて、それからずっと気になっているという。
「最悪っしょ……」
ひとりごちた言葉は誰の耳に入ることもなく、俺の頭の中を駆け巡る。
相手は宮地サンだ。勝てるはずもない。週に1回告られるとかないとか、という噂を聞いたこともある。なかなか友達以上に見てもらえない俺なんかが敵う相手ではない。
ただ、告られても全て振っているそうなので、まだ望みはある。
と、大事な大事な幼馴染の不幸を願うとはなんて最低な男だろう。
あいつの泣き顔は見たくないはずなのに、今は早く見たいだなんて、そんな最低な。
「だったらもう告っちゃえば?」
無責任にそう言い放った言葉は、後に俺を苦しめることになるなんて知らずに。
「和成!ねえ!聞いて!」
「何〜?」
「宮地先輩に告白したらね!付き合ってくれるって!」
「…は?」
なんで
その言葉が一瞬浮かんだ後、俺の頭の中は真っ白になった。キラキラ輝くあいつの笑顔が大好きなのに、今は、今だけは大嫌いだ。震えそうになる声を必死で堪えて口を開く。
「へえ?よかったじゃん!でもまさかあの宮地サンがOK出すとはなー」
自分でも上手く言えた気がした。無理矢理上げた口角が痙攣しそうだ。
「和成なんか変な顔してるよ?」
気付いてほしくないところに気付かれ、さらに嘘を重ねる。どうか、俺のこの汚い心だけは見抜かないで。じゃないと俺はきみを傷付けてしまうから。
「幼馴染のお前を心配してんの!宮地サン遊びなのかな〜って!」
ごめん。ごめん。謝罪を心の中で繰り返す。罪悪感で胸が押し潰されそうになったとき、一番聞きたくない声が俺の大好きな幼馴染の名を呼んだ。
その呼び方は、俺だけのものだったのに。
「宮地先輩!」
「なんだよお前も一緒かよ、散れ散れ」
なんだよその顔。ずっと一緒にいたのに、見たことない顔だ。顔を赤らめて、宮地サンを愛おしそうに見つめる目。そんな顔で俺のこと、見てくれたことねえじゃん。
一方の宮地サンも、初めて見る顔だ。いつもの死んだような目は何処へやら。俺の大事な幼馴染の頭撫でんなよ。撫でていいのは俺だけだったのに。
「え〜宮地サンってこいつのこと好きだったんですかあ〜?初耳っすよお〜〜」
からかい半分、恨み半分でそう尋ねる。心ない一言を期待して。
まあ呆気なくその期待は外れるのだが。
「よく試合に来てたし、ずっと気になってたんだよ悪ぃか!」
そのあとのことはよく覚えてない。適当に相槌を打っていた気がしなくもない。
ずっと好きだった。
でも彼女はあの先輩と光の中に消えていくんだ。前に進めない俺だけを残して。
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