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「みやじっ…!待っていかな、で…!」
それはわたしの我儘であるということは重々承知だ。彼を困らせるということも。現に彼は今、眉間に皺を寄せ、苦しそうな顔をしている。そんな顔をされては、引きとめられないじゃないか。
服を掴んでいた手を離す。
わたしの謳歌した青春が、今ここで終わろうとしていた。
夕日を背に浴びて、好きだと言ったのは彼の方だった。
バスケ部の選手とマネージャー。二人の遠くて近いこの関係のせいで、何回からかわれたっけ。主に高尾くん。
流せばいいのに、宮地がいちいち突っかかるから、高尾くんが余計に楽しんでた。
宮地の練習が終わるのを待って、ほぼ毎日一緒に帰った。
他愛もない会話をして、たまに見せる、宮地のレアな笑顔に息を止めた。
桜の下を走ったり、合宿で行った海で内緒のキスをしたり、イチョウを見ながらロードワークしたり、体育館裏で雪合戦したり。
季節が春、夏、秋と過ぎて、もう少しで冬が終わるころ、わたしは東京駅にいた。
「忘れ物、ない?」
「ん」
「長い休みのときにはそっち行くね」
「ん」
「たまにはこっちに帰って来なよ」
「ん」
「…」
行かないで、なんて言って泣いてしまいたい。
彼は地方の大学、わたしは都内の大学に進学が決まった。
都内の大学を選ぶと思っていたわたしは、そのことを聞かされたとき、目が腫れるまで泣いた。
次の日、そのまま学校に行ったときの宮地の顔は、きっと一生忘れることはないだろう。
「浮気なんかしたら、その噂振りまいてこっちに戻って来れなくするから」
「うわっ、えげつねえな」
「それか軽トラで轢いてやる」
笑顔だ、笑顔。
無理矢理笑顔を作って、見送らなきゃ。
そう思えば思うほど、熱い塊が込み上げてくる。
新幹線が出るまで、あと10分。あと10分の我慢だから。
「しねえよ、浮気なんか」
宮地の胸板に押し付けられたわたしの顔。
荒々しく頭を撫でる手つきは、出会ったばかりのあの頃と、何一つ変わってはいなかった。
熱い塊を吐き出すように、涙が零れる。
「宮地の、ばか!なんで、離れていっちゃうのよお!」
「わりい」
「ひとりぼっち、やだあ!」
「すまん」
「どれだけ、わたし、泣いたと思ってんの!」
「知ってる、ほんとわりい」
「ばか!頭いいくせに!ばか!」
「お前にだけは言われたくねえけどすまねえ」
一言余計なのよ!と宮地を強く抱きしめた。
泣くしかできなくなっていたわたしを、宮地はきつく抱きしめ返した。
「新幹線、来た」
そう、宮地は呟いた。
抱きしめられていた体が離される。
「…じゃあ、行ってくるわ」
最後にわたしは、我儘を残す。
新幹線の中に入って行こうとする宮地の服を掴み、吐き出す。
「みやじっ…!待っていかな、で…!」
どんな顔するかなんて、分かってる。彼がどれだけ悩んで大学を決めたのかも、分かってる。わたしを置いていくことの罪悪感を抱えていることも、不安も、全部全部分かってる。
だから、これはわたしの我儘。
宮地は眉間に皺を寄せ、苦しそうな顔をしている。わたしは、服を掴んでいた手を離し、冗談だよ、いってらっしゃい、と笑った。
新幹線が発車して見えなくなるまで、もうわたしは泣かなかった。
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