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自分がどのクラスにも必ず一人はいるような地味な女生徒だと、わたしは理解している。幼い頃から抱えている人見知りがそれを助けている部分もある。分かりあってしまえばきっと気兼ねなく話しかけることが出来るのだろうが、そこに至るまでの関係にすらなれないのだ。一人ぼっちは慣れている。そう自分自身に言い聞かせ、どんな状況も一人で乗り切ってきた。はずだったのだが。
「な!よかったら一緒に昼メシ食わない?」
そう声をかけてきたのは、確か同じクラスのタカオと言ったか。クラスの中心的人物だが、関わるつもりは一切なかったので漢字は分からない。ただ先生がそう呼んでいたのを思い出し、その名を呼んだ。
「おっ、俺の名前覚えててくれてんだ!」
やった!と喜ぶが、何故わたしに声をかけたのだろう。何かの罰ゲームかな。
「あっ、今下らないこと考えたでしょ」
彼は更に、罰ゲームかなとか考えたでしょ今、と付け加えた。
下らないかはさておき、わたしが考えていることを当てられた、ということはわたしの中ではショックだった。考えていることを顔に出さないようにしていたつもりだったのだが。
「あ、当てられてびっくりした?俺こういうこと得意なんだよねー」
とどのつまり、タカオくんの方が一枚上手だったということか、とわたしはひどく悔しがった。もちろん顔には出さずに。
タカオくんも察したのか、それ以上は言及しなかった。しかし何を考えているか彼に筒抜けなのが悔しい。ただ、こうやって人の機微を捉えているからこそ、友達付き合いも上手くいくのか、と納得させられたところもある。
「no nameサンってさ、かわいいよね」
生まれて初めてそんなことを言われた、と目を白黒させる。そんなわたしを見て、タカオくんは吹き出した。
「面白すぎっしょno nameサン!」
どうやら、わたしは会話が苦手な分、言いたいことを表情で表現するらしい。それを読み取れるのはきっとタカオくんくらいなものかと思うが。
「no nameサンは自分で思ってる以上に、顔に出るタイプだよ」
隠し通せていると思っていたが、そうではなかったらしい。自慢げにそれをひけらかしていた少し前の自分が恥ずかしい。
だってしょうがないじゃない。そんなこと言ってくれる友達いなかったんだもん。
「じゃあ俺が友達になるよ」
だから一緒に昼メシ食べてよ、と彼は交換条件を提示した。仕方ないわね、と言いながらその条件を飲んだわたしは意外と素直な人間ではないらしい。
「やった!」
そう喜んだ彼の笑顔が瞼の裏に焼き付いてしまったということだけは、何とか隠し通せたようだ。
彼が心からはしゃいでいてわたしの顔を見てなかったことに感謝した。
「でさー、真ちゃんがこんなときにワガママ発動させちゃうから宮地サンブチ切れちゃってー」
彼との昼食の時間は、大抵彼が一方的に話をして終了する。わたしは一言も言葉を発さないが、その分表情でどんな反応か分かるから面白いらしい。(タカオくん談)
今日は屋上でお弁当を広げている。わたしは自分で作ったお弁当。タカオくんは購買のパン。お弁当は2時間目の時点で既に食べ終えてしまったらしい。食べ盛りの男子高校生は金銭的にも大変なんだぜ、とタカオくんは涙ながらに語っていた。
「タカオくんはシンちゃんさんと一緒にお昼は食べないの?」
久しぶりに声を発したのでわたしも彼も驚いていたが、彼は特に気に留めることなく実はさー、と話を続けた。
「真ちゃんそっけなくってさー、昼休みは図書館で本読むか体育館で練習してんの」
真面目すぎんのも考えものだよなー、と続けた言葉は果たして誰に向けた言葉だったのか。文脈的にはシンちゃんとやらなんだろうが、わたしにも思い当たる節があるため、苦笑いで返した。
「あっでもno nameサンは真ちゃんの代わりとかそんなんじゃねーよ?」
苦笑いを違う意味で捉えたのか、考えてもいなかったことに関する答えが返ってきた。
代わりではないのなら、何故わたしなのだろうか。誰でもよかったの?冷静にそう考えたつもりだったが、なんとなく心の底に何かがつっかえているような感覚。これの正体は一体何なのだろうか。
「ん?どした?」
さすがの彼でも、わたしが今考えていたことは分からなかったようだ。なんでもない、と誤魔化し、残りの弁当箱の中身をかき込んだ。
「な、一緒に帰らね?」
昇降口で待ち伏せていた彼は、驚いた顔のわたしに小さく笑いながらもそう言った。
「今日部活ないからさ、帰りたいなーって」
「え、でも、シンちゃんさんは?」
「あー真ちゃんは部活ないからってさっさと帰っちゃってさー」
この感じ、まただ。今度は、シンちゃんさんがいないからわたし、ということになんだかイライラしている。そのイライラを隠すようにいいよ、と頷いた。
「やった!」
この笑顔に、今度は胸が締め付けられる。なんだろう、このかんじ。
「寄り道していかね?」
突然そう提案する彼。わたしは胸を踊らせた。友達と寄り道、今まで経験したことがない。友達が全くいなかったわけではないが、一緒に寄り道をするような子たちではなかった。何度も頷くと、吹き出したような音が聞こえた。どうやら上戸に入ったようだ。
「そんな嬉しい?」
笑いが治まったころ、彼はわたしにそう尋ねる。
「うん!」
満面の笑みでそう答えると、タカオくんはわたしから視線を外した。
「タカオくん?」
そう顔を覗き込もうとするが、彼の手が邪魔をしてそれを許してはくれない。
「あーじゃあさ、マジバ行こう!」
空を仰いだまま、彼は歩き出す。
「あっ、」
彼の間違いに気付き指摘しようと、何気なくタカオくんの学ランの裾を引っ張る。
「タカオくん、マジバそっちじゃないよ」
そのときの彼の耳が赤かったのは、きっと夕日のせいではないと思う。
チーズバーガーとシェイクを頼み、テーブル席に着いた。目の前にはタカオくん。しかし、わたしの顔を見ようとしない。
「タカオくん?」
そんな彼を不審に思い、顔を覗き込もうとするも叶わない。一体どうしたというのか。マジバの場所を間違えたことがそんなにショックだったのか。いや、それ以前に、通い慣れているはずのマジバの場所を間違えることに疑問を抱く。
「タカオくん、何かあった?」
そう聞くも、返事は返って来ない。これ以上待っても仕方ない、とチーズバーガーを覆っていた袋をめくって一口、二口と口の中に入れ、ゆっくりと咀嚼する。
「no nameサンはさ、好きな人いる?」
彼はいつも唐突に質問を投げかけてくるが、これは想定外だった。こんなこと、聞かなくても分かるだろうに。男子とあまり話したことはない。男友達もタカオくんがはじめてだ。つまりはNO。関わったこともない人をどうやってすきになれと言うのか。
それをそのまま素直に伝えると、タカオくんは目に見えるように安堵した。
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