▼ モドモド系の能力で見た目と中身が12年前に戻ってしまったエースを戻るまでの間あずかるサボの話
「覚悟しやがれェェェッッ!」
律儀すぎる雄叫びと共に、背後から振り下ろされる鉄パイプ。手加減の一切ないその一撃を、しかしサボは振り向くこともしないまま、最低限の動作だけでひょいっと避けた。
呆気なく空を切った鉄パイプがヴィント・グランマ号の甲板にぶつかって、鈍い金属音が足元から響いてくる。打撃に乗せた体重が軽いおかげで穴こそ空かなかったものの、床材はしっかりと凹んでいることだろう。バレるかバレないかで言えば、完全に前者だ。
とはいえ、革命軍の船は観光船などではない。床材に傷がひとつふたつ増えたところで今更さして問題とはならないはずだ。せいぜいハックあたりに見咎められて、武器を使わない鍛錬をしきりに進められる程度のこと。
だから、振り向きざまにサボが『少年』に向かって肩を竦めてみせたのは、船の損傷などが原因ではなかった。
「あのなァ……そんな分かりやすく気合入った声上げながら振り被って来てちゃ、さっきまで気配消してた意味がなくねェか?」
「うるせェ! なんで振り向きもせずかわしてんだよ、でっけェサボ!」
なんか変なの使ったろ、卑怯だぞ、と『少年』は険のある目つきで睨み上げてくる。
変なの、というのは恐らく見聞色のことだろうが、正直、この状況では覇気を使う以前の問題だ。背後に迫ってくるあたりまでは及第点だったのに、襲いかかる瞬間に声を上げてしまっては意味が無い。気配の輪郭だって露わになるし、鉄パイプの軌道だって読めてしまうに決まっている。
──こんなんでよくコルボ山で狩り出来てたよな……ってそれはおれも同じか。
サボは自分の腰より低い位置にある黒髪を見遣りながら、弁解半分、教育半分で両手を広げた。
「今は何も使っちゃいねェよ。ただ、後ろから襲いかかりたいなら『覚悟しやがれ』ってわざわざ言うのは、」
「うおりゃあああッ!」
「ッ、ってお前、言ってるそばから!」
サボの言葉を遮るように、『少年』は腰をひねりながら横薙ぎの一閃を繰り出してくる。振り被っての縦の攻撃がダメなら横のリーチを活かそうというのは的確な判断ではあったが、ただ、やはり、気合いの雄叫び付きでは不意打ちにもなりはしない。
帽子を押さえながらその場でジャンプして、サボは『少年』の渾身の一撃を軽々と避けてやる。またしても空を切った鉄パイプに引っ張られるようにして、うわっ、と声を上げて『少年』が尻もちをつく。
単に攻撃を避けただけで、サボから『少年』には指一本触れてはいないが、『少年』の軽い体重は鉄パイプの遠心力を支えきれなかったらしい。
「ッ、ちくしょう……ッ!」
「今のは仕方ねェよ、お前に馴染みのある鉄パイプじゃないんだ。今のおれのサイズに合わせてあるから長さも重さも全然違うからな」
「うるせェ! んな言い訳していて海賊になれっか!」
「……確かに」
『少年』の言うことはもっともで、実際当時のサボも「子どもだから」なんて言い訳はどこかの時点で投げ捨てていた。この群雄割拠の時代に好き好んで海賊になろうというのだから、戦いの度に傷を舐めあっていても仕方がない。
──海賊、か。
実はまだ、サボは『少年』に己が革命軍であることを打ち明けられていない。『サボ』が大人になって海賊になっていないと伝えれば、『少年』はきっとがっかりするだろう。
その落胆した表情を受け止めるだけの勇気がサボにはまだない。『少年』が大人だった時─いささかおかしな表現だが─には、驚きつつも落胆を見せはしなかっただけに、あのとき表情には出さなかった真実を、「本当はどう思っていたか」を知ってしまうようで怖いのだ。
「でっけェサボ、もう一回だ! 次は絶対負けねェ!」
考え込むサボに、『少年』は構わず言い募る。身の丈を大きく超える鉄パイプを小さな手で懸命に掴みながらも、どこか上段から物を言うような不遜さがあって、そういうところが『らしい』なとサボは思わず笑ってしまう。
「ダメだ、一日五十戦までだろ。今日はもう五十対ゼロでおれの勝ち。また明日な?」
約束は約束だからな、とサボは『少年』の頭を軽く撫でてやる。気安く触るなと振り払われるかと思いきや、存外大人しい。
サボですら未だに飲み込みきれてないこの状況を、思いの外さらりと受け入れた『少年』だから、完全にあの頃のままというわけでもないのかもしれない。
「そろそろメシの時間だ。今日はハックの当番だからきっと美味いぞ?」
「ダダンの奴のメシよりはどれもマシだ」
「お前、結構アレ好きだったくせに……まあいい。行こう、『エース』」
----------------
戦闘シーンを書く練習も兼ねて書いた気がしますが、ショタエース×青年サボが書きたかっただけかもしれません。