▼ ずっと前から付き合ってたんじゃないの(かよ)?!
『ずっと前から付き合ってたんじゃないの?!』(後日談/コアラ編)
「嘘でしょ」
目を瞠ったコアラは手にしていた紙カップを落としかけたが、何とかとどまった。ゼミ終わりに大学構内のコンビニでおれが奢ってやったコーヒーだ。
エースと付き合い始めたことを伝える際に、何かきっかけが欲しくて買ってやっただけだったが、ホットコーヒーにしたのは危なかったかもしれない。今になって思っても仕方がないけれど。
──こんなに驚くとはな。
おれは─当たり前といえば当たり前だが─自分が誰と付き合おうとおれの自由だと思っている。世間の目も、他人の忠告も、友人の言葉でさえ、どうだっていい。だからといって、わざわざ喧伝して回ろうとも考えちゃいないが、ただ、コアラにはそのうちバレるだろう、という予感がした。だから、先に打ち明けておいただけだ。
とはいえ、これほどまでに動揺されてしまうと、流石に後悔してしまう。もっと遠回しに言うべきだったか? でも、コアラとは長い付き合いだし、そういう余計な気遣いなんて必要無いと思い込んでしまっていた。
「……嘘じゃねェよ。理解出来ないっていうなら、それでもいい」
それじゃ、と踵を返してみる。でも、そういや今から同じバイト先に向かうんだった。せめてバイト終わってから話せば良かったか。どうにも頭が回ってないようだ。恋愛の話なんて、今まで一度もしたことないもんな。
「ちょ、ちょっと待って、サボ君! 違うの、理解出来ないとかじゃなくて!」
慌てて追ってきたコアラが、大袈裟なほどに首を横に振った後、まるで助けでも呼んでいるのかという勢いで叫んだ。
「──二人はとっくに付き合ってると思ってたの!」
「……は?」
みんなそう思ってるはずだよ、とコアラは手持ち無沙汰にコーヒーを揺らしながら、ちらちらとおれの方を窺ってくる。
「だってサボ君、いつも惚気話ばっかりするし、エース君もエース君でいかにも『彼氏』ですって態度だったから、てっきり……わっ、じゃあ、あのルームウェアとか……! やだ、恥ずかしい」
惚気話なんてした覚え一度も無いが、それより気になる単語を耳が拾ってしまう。
「ルームウェア?」
「あげたでしょ、福袋だって言って。あれ、嘘なの。本当はハックと私からのプレゼント。サボ君、すっごく忙しいのに発表の手伝いしてくれたし、それに丁度クリスマスシーズンだったから」
確かに、コアラから間違えてメンズ用の福袋買ったからって受け取ったけな。やたら手触りの良いカーディガンと部屋着の上下のセットだったが、洗濯がややこしそうだったのでカーディガンだけ使っているやつだ。福袋っていう割に十二月中旬くらいに渡されたから少し不思議に思っていたが、そういうものかと納得していた。福袋なんて自分じゃ買ったことねェし。
というか、それよりも。
「クリスマスっていうなら、普通そこは肉じゃねェか?」
「だから! そういうのじゃなくて! サボ君ってくたびれたスウェットか高校のジャージ着て寝てるっていうから、可愛くて触り心地の良いルームウェアくらいあった方が、その、おうちデートの時とか盛り上がると思って! ああもう、こうやって直接言うの生々しくて嫌だから、福袋ってことにしたのに……」
「は?! なに変な気ィ遣ってんだよ!」
「エース君にも本ッ当に迷惑かけてる自覚あるから、私達からの精一杯のお礼のつもりだったんだよ……迷惑かけちゃってるのはサボ君が要件人間なせいだけど。でも、そんなサボ君のこと甲斐甲斐しくお世話していて、エース君って優しい彼氏だなって思ってて……」
なんで付き合ってなかったのか分かんない、とコアラは溜息までつく。しかし、ぬるくなってしまったであろうコーヒーを飲んでから顔を上げたその口元には、コアラ特有の柔らかくも悪戯気な笑みが浮かんでいた。
「──でも、きっとやっと付き合えたんだよね。良かったね、サボ君。これからのお泊りデートに活用してよ、あのルームウェア」
「…………あれ着てたって、別に、エースは無反応だったぞ」
急に照れ臭くなってしまって、素直にありがとうと返せやしない。要らぬ弁明をしてコアラにからかわれたおれが、エースに「前からその服着てるお前を思い切り撫で回してみたかった」とのしかかられるのは、この数日後のことだった。
『ずっと前から付き合ってたんじゃないのかよ?!』(後日談/エース編)
「えっ……冗談だろ」
目を瞠ったデュースが、ずれてもいない眼鏡を神経質に調節する。結局一度顔から外し、まるで突然の頭痛に耐えるかのように眉間を指で挟んでから、再び眼鏡をかけ直していた。
──こんなに驚くとはな。
サボと付き合うことになった、と軽く告げただけだったんだが、ここまで大げさな反応をするとは予想外だ。他の奴にも同じノリで言って回ろうと思っていただけに、初手のデュースでここまで驚かれてしまうと、今後のやり方に悩んじまうな。もっと気軽に「良かったな!」とバンバン背中叩かれるくらいを想像していたんだが。
「冗談でこんな話するかよ。本当だ、実は最近遂に告った。『遂に』って言っていいかは分からねェけどな」
その辺りは微妙なラインだが、今は置いておこう。サボを長らく一人で悩ませちまった分は、これから誠心誠意、手取り足取り─って言うか?─埋め合わせしていくつもりだから良い。
しかし、デュースは「そうじゃなくて」とおれの言葉を遮ると、未知のものへと触れるかのように、恐る恐るといった様子で問いかけてきた。
「お前ら……ずっと前から付き合ってんじゃないのかよ……?」
「……は?」
むしろずっと片想いだったんだが、と眉をひそめるおれに、デュースは「だって有り得ねェだろ!?」と声を荒げる。
「あんだけ毎回飲み会でサボが好きだ大好きだって訊かれてもねェのに散々叫んでんのに?! お前が『サボのどこが好きか山手線ゲーム』を勝手に一人で始めてたの、一生忘れねェからな?」
「そんなことしたっけな」
覚えはないがデュースが言うならそうなんだろう。酔うと気が大きくなっちまっていけねェな。
「あ、でも、そうか……」
「どうかしたか?」
「いや、結構前だが、サボから酔ったエースがどうとか訊かれたことあったんだ。そん時、なんか様子がおかしいとは思ってたんだが……まだ付き合ってない時だから話が噛み合わなかったのか」
てっきり自分の居ないところで話題に出されるのが嫌だって話とばかり、とデュースは顎に手を当てて悩み始めている。
「ああ、その辺は大丈夫だ。酔ってサボの話ばっかするってやつだろ? サボにはちゃんと説明しといた」
「本当か? それなら良いんだけどよ」
そう言うとデュースは、わざとらしいほど大きな溜息を吐いた。
「……しかし、まだ付き合ってもなかったとはな……って、待てよ、それじゃあ毎回おれ達は飲み会の度に、飢えた狼を羊の檻に放り込んでたってことじゃねェか! やっぱりサボには謝らねェといけねェんじゃ──いや、もういいのか? しかし物事には順番ってもんが」
「誰が狼だ、おれは酔っ払ったからってサボに手ェ出したりはしてねェよ」
「いや、してるだろ。多分。お前のことだし。相手サボだし」
「してねェって!!」
どれだけ我慢し続けてきたと思ってんだ、と叫ぶように反論したおれが、サボから「とっくにキスはされたぞ」としれっと聞かされる羽目になるのは、この数日後のことだった。
【完】