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▼ OSS!(おれの方が先に好きだったのに!)


 冬島で会ってから十五日。久しぶりと言うにはちょっとばかり早い再会だ。
 あの時は確か、散々飲んだ後だってのに革命軍から連絡が入って、サボが先に帰らなくちゃいけなかったんだっけな。大丈夫だったかと多少心配もしていたけれど、あれから新聞を見ても大きなニュースは載ってなかったし、先日交わした電伝虫の口ぶりから言っても、互いの近況だってそれほど変わっちゃいないだろう。
 変わっちゃいない──はずだったんだが。
 昼間っからやってる、こじんまりとしたバーのカウンター。
 二人並んで腰掛けて、とりあえず酒を頼んで乾杯だと意気込んだ、その瞬間。
 おれの視線は、自分の真横に並んだ『有り得ない物』へと釘付けになってしまった。

「サボ……その左手、どうした?」

 いつでも革手袋を嵌めているはずの兄弟の、左手だけが今日は無防備にむき出しで──その薬指には見知らぬ指輪らしき物が鈍く光っていた。


  ■


「左手? ああ、別にわざわざ今こっちだけ脱いだってわけじゃなくて、その……最近ずっとしてねェんだ」

 サボはどこか照れくさそうに答えると、指先を交差させるようにカウンターの上で緩く両手を組む。互い違いに並んだ革と肌のコントラストはそれだけで目を惹くのに、想定外の物がそこに不要なきらめきを添えていた。サボをイメージしたつもりなのか『それ』は金色をしていたが、しかし、いかにも安物の金メッキだ。サボの髪色とは全然釣り合っていない。

「へェ……?」

 おれの喉は勝手に唸り声めいた低い声で返事をしていたが、勿論、訊きたいのは「いつの間に手袋脱いだんだ?」なんてことじゃない。そもそも、今この場で脱いだわけじゃないのなんて分かっている。今回はウチの縄張り内の夏島だから、流石のサボも待ち合わせの桟橋の時点でコートを脱いで片手に抱えていた。きっとその時から既に、左手には手袋嵌めてなかったんだろうってのは予想がつく。
 いつもはメシの時ですら外さねェ手袋が左手だけ欠けているのが、薬指に鎮座してやがる奇妙な形をした輪っかのせいだってのも、まあ、分かってる。サボのピッタリとした手袋じゃきっと引っかかっちまうもんな? それも分かる。
 だから──手袋がどうって話じゃねェんだよ。

「おれが訊いてんのは、その薬指のやつのことなんだがな?」

 『指輪』という決定的な単語を発音出来ず、おれはなるべく素っ気ない口ぶりと共に顎で示した。
 素肌のサボの手、左薬指の根元。金メッキの歪な輪が幾つも重なったような独特なデザインの『それ』が示唆するもの──想像だけで、背筋を冷たい汗が伝い落ちる。まさかな。冗談だと言ってくれ。頼むから。
 しかし、おれの願いも虚しく、サボはほのかに顔すら赤らめて答える。

「それは……言わなくても分かるだろ?」

 意地悪ィぞエース、などと続けながらもどこか弾むようなサボの声音が、最悪の予感を現実へと引き寄せる。柔らかく細めた目で指輪を見下ろすその視線が、最低の気分を一気に加速させる。嘘だろ、二週間前に会った時はそんな素振り全然見せなかったじゃねェか。

「──じ、自分で指輪買った、ってことか?!」

 醸し出される雰囲気と連想の行き着く先に耐えきれず、おれの喉は今度は裏返った声を上げた。

「は?」

 サボはおどかされた猫みたく目を丸くする。そりゃそうだよな、おれだって本当にサボが自分で指輪買って身につけるなんざ思ってねェよ。でも、そういう理由でもなけりゃ正気じゃいられない。
 だって──おれはサボが好きなんだ!
 サボの薬指を専有してやがる奴がどこのどんな女か男か知らねェが、絶ッ対おれの方が先にサボのことを好きだった自信がある。五歳からだぞ、五歳。初恋ナメんな。
 大人になって再会して、何回もデート重ねて来て、そろそろ自分の気持ちを伝えようと思っていた矢先だってのに、たった二週間の間にこんな急展開だなんて……容易に飲み込めるかよ! これならグランドラインの天候の方が、まだ自力で生き延びる手段が見いだせるだけ手心がある。

「あ、っとアレだよな? サボ、こういうのに興味湧いたってだけだよな?」

 文字通り目の前にある事実が認められず、おれは舌の滑りに任せて浮わついた台詞を続ける。

「そりゃ確かに、おれが前にブレスレットやろうかって言った時には『そういうの着ける趣味ねェんだよ』なんて笑ってたけど、別に気が変わることもあるもんな? 良いと思うぜ? おれも普段は着けねェが、たまに気に入ったのがあれば指輪だってなんだって買うし。そりゃ『その指』には嵌めねェけど……でも、そうだ、きっと竜爪拳ならではのバランス? みてェなのがあるんだよな? 竜爪拳って奥が深ェよな!?」

 自分でも苦しすぎる言い訳めいた問いかけの連続は、隣の男には更にどうしようもない代物として伝わったらしい。サボはぽかんと口を開いておれの顔を見つめていたかと思うと、一瞬ふらりと上体を揺らしてから、海のように深い溜息と共にバーカウンターへと顔を埋めた。

「はあぁぁぁ……本気で言ってんのかよ、エース……何だそれ……」
「な、なんだよ! サボが自分で買った可能性だって、あるにはあるだろうが!」

 可能性は無限だというおれの言葉をよそに、サボはくぐもった声で更に何事か呟く。そして、不意にがばりと身体を起こすと、妙に据わった目でおれを睨みながら吐き捨てるように言った。

「──おれが自分で買うわけないだろ。もらったんだよ」
「どこのどいつに!?」

 食い気味に詰め寄るおれに、サボはムッと眉間に力を込めて両腕まで組んでみせた。お前にそれを訊く権利は無いとでも言いたげな顔だ。なんでだよ、別に訊いたって良いだろうが。兄弟なんだから。兄弟として訊いてるわけじゃねェけど。

「その、おれが知ってる奴かどうかくらいは……」

 後ろめたさに濁したおれの追求に、サボは腕を組んだまま「うーん」と思案げな視線を天井に向けたが、すぐに納得したように頷いて「そうだな、直接顔合わせたことは無いんじゃねェかな」と快活に応えた。その青空みてェな爽やかさ、今のおれには逆にキツいんだが自覚あるか? 無いだろうな、サボだもんな。
 しかし、その言い方からして名前の売れた奴ではあるのだろうか。でもおれが見たことねェ奴なのか……っつーかサボはおれがロクに知りもしないような相手と付き合ってんのかよ! もし相手が知り合いだったらこの場で卒倒しちまってたかもしれないが、見ず知らずの相手となると、それはそれで腹が立つ。
 なんだよ、サボの奴。なんで急に、そんな奴と。
 絶対おれの方が先に好きだったのに。絶対おれの方がサボのこと愛してんのに。
 腹ん中でぐつぐつ煮立ってる怒りを、肺の内を埋め尽くすほどの悲しみを、目の前が灼けるような嫉妬を、どうにもこうにも上手く飲み下すことが出来ない。カウンターの向こうで店員が声を掛けるタイミングを失って困っているのには気付いちゃいるが、今は酒の力を借りる気にもなれなかった。
 そうか。もしかして、おれ、今、失恋してんのか。
 だからこんなに苦しいのか。そりゃそうだよな、ずっと好きだった相手が堂々と左手の薬指に貰い物の指輪つけて来てんだぞ。息が止まりそうなくらい苦しくて当然だ。
 ただ──失恋確定だとしても、はいそうですか、と諦めることなんて出来そうになかった。先に好きだったからと言っておきながらなんだが、順番なんざどうだっていい。奪ってでも攫ってでも、誰にもサボを渡したくない。卑怯でも無様でも関係あるか。略奪上等、こっちは海賊だぞ?
 でも同時に、黙りこくったおれを心配そうに見つめてくるサボを思うと、おれの気持ちなんかより、こいつの幸せの方がずっと大事だとも思えてしまう。たった二週間で何があったのかは知らねェが、まるで昔からの癖のように無意識に指輪に触れている様を見れば尚更だ。
 相反する気持ちに板挟みにされたおれの顔は、きっと青くなったり赤くなったり大変なことになっているんだろう。分かっていても、もう取り繕うことすら出来そうにない。低く薄く息を吐きながら、カウンターに片肘をついて額に手を当てる。今回もいつも通りのデートのつもりで来ていたのに、まさかこんなとんでもない爆弾食らうとは。


「エース、なんか百面相してるところ悪ィが、前回の帰り際にケーキ食ったのは覚えてるか?」


「……ん? ケーキ?」

 全く関係ない話を急に振られて、声は聞こえているのに中身が頭に入らない。

「そう、ケーキ。エースが言い出したんだぞ、『たらふく飲んで食った後にはデザートが必要だ』って」

 んなこと言ったか? まあ、おれが言いそうなことではあるが──確か前回は雪の積もった冬島で、強くて美味い酒が多かったせいもあっておれもサボも相当酒を飲んでいたんだっけ。そんで、途中でサボの子電伝虫に革命軍から連絡があって、ってそういえば、それまでどこで何をしていたんだっけ。

「あん時はおれも酔ってたから二つ返事で了承しちまったけど、もう真夜中ってくらい遅い時間だったから当然デザート食えそうな店も閉まってて……結局目についた開いてる店に片っ端から『デザート置いてないか?』って聞いて回ったんだ。本当に覚えてねェのか? ここから?」

 ──ちょっと思い出してきた気がする。『デザートにゃケーキだな、ケーキ』っておれが言ったら『こんな時間にケーキは見つからねェよ』なんてサボが言うもんだから、逆に燃えちまって、意地になって寒い中歩き回った気がする。

「ケーキ……食った、気がすんな」
「気がするじゃなくて、実際食ったんだよ。ったく、やけに上機嫌だとは思ってたが、記憶飛ぶほどだったなんてな。お前、おれが船帰った後よく一人で宿戻れたよな?」

 サボはわざとらしく溜息をつくと、顔より二回り大きいほどの輪を両手で作ってみせる。

「ほら、こんくらいのホールケーキで、イチゴがいっぱい乗ってて、ハッピーバースデーってプレートまで飾ってあって……最後に入ったのが夜の仕事してる奴らが客連れて集まるような酒場で、そこでたまたま誕生日祝いで用意してたケーキがキャンセルされたからそれなら余ってるって言われたんだよ。『じゃあおれ達二人の誕生日ってことにしようぜ!』って訳の分からねェ宣言して真っ先に食い始めたのお前だぞ? エース」
「……あ」

 頭の中に浮かび上がる光景がある。けばけばしい照明、せわしない音楽。用意させたケーキを手で食おうとしたら小さなフォークを渡されたこと。そして、それでサボにケーキ食わせたり、逆にサボにイチゴを食わせてもらったり……今になって思うと相当上機嫌だったな。忘れていたのが勿体無ェくらいには。
 そんでもって──そうだ。そういう店だから男二人だけでケーキ食ってたら当たり前に声かけてくる女達がいて、断ってたら他の客がなんだかんだと絡んできて、結構面倒くせェことになったんだった。稼業が稼業だけに酒場で絡まれるのなんざ日常茶飯事だったが、その時はサボが変な客にベタベタ触られて、そいつ自体はサボ本人が裏拳で沈めたからいいけど、おれがどうしてもイライラしちまって──。

「そろそろ思い出したか? 『コレ』が何だったか」

 やれやれとばかりに眉を下げたサボが、素肌の左手を掲げて例の指輪をおれに見せつけてくる。
 やめろよ、その指輪に関しちゃまだ頭も心もぐちゃぐちゃなんだ。諦められない、諦めたくない、本当はおれの物にしてしまいたい。でもサボの幸せが──って、待てよ?
 フラッシュバックする記憶、小さな金色のケーキフォーク。
 次から次へと声をかけてくる奴らに辟易として、特にサボに寄る羽虫が鬱陶しくて、酔いに任せて捻じ曲げた手の内の『それ』。
 サボの指輪、安っぽい金メッキ、歪な輪が重なったような奇妙なデザイン。
 当然だ。その指輪は、指輪であって指輪じゃない。

「ッ、それ、あん時のケーキのフォークか……!」

 思い出した。指輪の主は、おれ自身だ。
 この前、酔っ払ってケーキ食ってた最中に、使ってたフォークを捻じ曲げてぐるぐるにした後、サボの手袋脱がして左薬指に嵌めて、ギュッと握り込んで無理やり指輪代わりにしたんだった……!

「なんで着けた本人が忘れてんだよ。こっちは外せなくなっちまったってのに」

 ちゃんとフォーク代も弁償してたくせに、とサボは心底呆れたように声を上げる。それももっともだ、おれだってなんで今の今まで忘れていたのか自分でも分からない。よっぽど浮かれて全部夢みてェな気分だったんだろう。

「〜〜でも、それならそう言ってくれよ! なんだよさっきまでの茶番は!」
「それはこっちのセリフだっての。最初は何の駆け引きされてんのかと思った」

 心外とばかりにサボは唇を尖らせるが、しかし、すぐに悪戯げに頬杖をつきながら笑いかけてくる。

「あと、おれは嘘は言ってねェからな? エースだって『自分自身』と直接顔を合わせたことはねェだろ。まあ、世の中色んな能力があるから絶対とは言えねェけどさ」
「んな引っ掛け問題みてェな答えがあるかよ!」

 声を荒げて言い返すが、しかし、内心おれはホッと胸をなでおろしていた。
 良かった、本当に助かった……失恋したわけじゃなかった!
 まあ、よく考えりゃ、たった二週間でサボが誰かと付き合うなんて、あるわけねェよな。サボに限ってそんなこと……いや、無くもねェのか? 今回は勘違いで済んだけど、これが現実になることもあるのか?
 そう思うと気が焦る。やっぱり早く伝えねェと。サボのことが好きだって、おれの物になって欲しいんだって。
 ようやく落ち着いたおれは、やっとまともに例の指輪を見ることが出来た。しっかりと観察してやれば、輪の重なりに見えたのがフォークの切っ先だと分かる。サボに似合うかと言えばやはり似つかわしくないが─だって指輪じゃなくてただのフォークだしな─、それでも、さっきまでの負の印象が嘘のように可愛げのある代物にすら見えた。我ながら現金なもんだ。

「っつーか、あの日からずっと着けっぱなしだったのか? フォークなのに? そりゃ悪かったな、おれが思いっきり握り込んだから──」

 だから、何だというのか。おれははたと思い至る。
 サボは竜爪拳の使い手だ。指の力だけで言えばおれよりも強いくらいなんだから、こんなフォークを曲げただけの物くらい、簡単に外せるに決まっている。
 それに、おれは前回、相当口を滑らせちまってた気が──。
 もしかして、と指輪からサボの顔へと視線を上げる。サボは、しまったとばかりに目を泳がせるが、その横顔に朱が走っていた。

「その、だって……そりゃ外せねェだろ。『目印』だって言われちまったら」
「へ? 目印? ─────あっ!」

 そこで、おれは今度こそは完全に思い出した。自分が何と言って、サボの左薬指にフォークの指輪を嵌め込んだのか。

【おれの大事な宝物に触んなって、誰にでも分かるように目印つけとくわ】

 ──過去のおれに先を越されちまってたってたなんて!

「まさかエース……指輪は思い出せたってのに、肝心の告白のことは今の今まで忘れてたのか?!」

 ああもう、とサボは小さく叫ぶと、遂に両手で頭を抱えてしまった。

「なんだよ……こっちは毎日指輪触ってはお前の言葉を反芻してたのに、夜も眠れないくらいだったのに……おればっか意識してバカみてェじゃねェか……!」

 エースなんてもう知らねェ。そう言い捨てたサボの声が潤んでいる。
 待ってくれ、そりゃ誤解だ! だって、おれの方が先に好きだったんだから。

                   【完】


おまけのサボ視点

 雪を踏みしめながら駆ける。
 浅い吐息が夜に溶ける。
 普段ならばこれくらい走ったところで息なんて上がるはずもないが、今は心臓の鼓動すら常とは違っていた。
 手袋もしていない左手は凍えて仕方がないはずなのに。
 巻き付いた金属は外気温に従順に冷え切っているはずなのに。
 左手の薬指だけが、燃えるように熱くてたまらない。

   ■

「おっ、と……!」

 掴んだ鉄パイプを取り落としそうになって、慌てて指先で握り直す。空中に放り上げていたのをうっかり左手で受けてしまったから、『指輪』が干渉してしまったのだ。
 今が鍛錬の最中で良かった。これが実戦だったら危ういところだ。

「やっぱ落ち着かねェよなァ……」

 何度か鉄パイプを握り直してみても、全然しっくりこない。欠かさず身につけている革手袋が無いんだから当然と言えば当然だ。こちらの手だけグリップが効かないし、打撃で伝わる振動も変わってくる。
 それでも素手というだけなら、ガキの頃は手袋なんてしてなかったしと諦めもつくが──結局のところ、この左薬指の指輪がどうしたって異物なのだ。
 そもそも、指輪と称してはいるが本当のところはただのフォークだ。
 デザートフォークよりも更に小さい、ケーキに添えられるような華奢で短いフォーク。しかも輪を作るように三回転半ほど力任せに曲げられた上に、指に嵌めてから更に圧し潰すように握り込まれているから歪な楕円形になっている代物。
 こんな物、普通、指に嵌めておくわけない。食器だぞ、カトラリーだぞ、直前まで生クリーム食ってたやつだぞ。手を洗うついでに洗浄はしたけど、そういう問題でもないだろう。コアラにだって「なんでフォークつけてるの?!」と驚かれた。なんでって、そんなのおれが訊きてェよ。
 左手だけ素手なんて意味分からねェ上に危険だし、こんな指輪もどきなんて今すぐにでも外すべきに決まっている。

 しかし、あれから一週間。
 おれは一度もこの指輪を外せないでいる。

 それどころか気がつけばじっと見つめたり、触れて感触を確かめたりしてしまう。そんなことをしても、いたずらに『あの言葉』を思い出してしまうだけなのに。

 あの夜、エースは散々憤った後に急に一人で頷いて、
 ──やっぱ、もうコレしかねェな。サボ、左手貸せ。
 そう言っておれが了承するより先に左手を掴んできて、
 ──きっつ……脱がしづれェな、コレ。
 無理に引っ張ってまで勝手におれの手袋を脱がして、
 ──久々にサボの手ェ見たかも。これ鉄パイプで出来たタコ?
 なんて問いかけながら擽るように指を絡めて来て、
 ──なあ、サボ。
 聞いたこともない甘ったるい声で、そう、おれのすぐ耳元で……。

「……だから! また思い出しちまってんだろッ!」

 自分で自分を叱咤してから、脳内再生された言葉を振り落とそうと躍起になって頭を振る。
 こっちはずっとこの気持ちから目を逸らして兄弟やってきてたってのに、急に『あんなこと』されたらどうしていいか分からなくなるだろうが! バカエース! 
 そうやって内心悪態をつきながらも、依然として外せないままの金色の『目印』。どうしたいかなんて本当は誰よりおれ自身が分かっている。撫でるように触れれば今もまた、心臓につながるというその指だけが酷く熱い。

                  【完】





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