▼ Treasure yourself, you’re my treasure!!(てのひらエーサボvol.3)
息を潜め、目を合わせる。大きな獲物を狩る前の、お決まりのアイコンタクトだ。
弟のルフィは『自分もちゃんと分かっている』とばかりに大袈裟に頭を動かして頷いてみせるが、サボの方は流石に手慣れたもので、ニッと口元だけで了承の笑みを浮かべて最後のGOサインを待つ。ただ、お決まりのはずのその光景に、エースは最近、どこか違和感を覚えていて──今日になって漸くその正体に気付いた。
「サボ、髪伸びたよな?」
ダダンに追い掛け回されているルフィをそれとなく見守ってやりつつ、エースは隣のサボに問いかけた。大イノシシとの戦いで泥だらけになった三人は珍しく自主的に山賊のアジトで風呂を借りたので、服こそ着てはいるがお互いまだ濡れ髪のままだ。
金色の巻き毛は水分を含んで更にカールしていたが、それでも結構伸びているように思えた。真っ直ぐ伸ばせばエースと同じか、それより長いかもしれない。普段はしっかりと帽子をかぶっているため中々分かりづらいものの、ふとしたときに顔に少しばかり影が落ちて見える。それがアイコンタクトの際の些細な違和感として、エースの心に引っかかっていたのだ。
エースの言葉に、サボは「ああ、今ちょっと伸ばしてんだ」とさらりと頷く。
「伸ばしてるって……わざと切らねェでいるってのか? なんでだ?」
「この前、街にガラクタ売りに行った帰りに、おれの髪を買いたいって奴が居たんだ」
「──は?」
「おっ、いいぞルフィ! その調子だ! 捕まるんじゃねェぞ!」
ぽかんと口を開いてまばたきを繰り返すエースをよそに、サボはのんきに弟へと声援を送っている。このクソガキども、とダダンが喚きたてる声がアジトに響いたが、今のエースの耳にはその大声も右から左に抜けていくばかりだった。
「おい、なんだよそれ。そんな話おれは聞いてねェぞ!」
「こっそり稼ごうとしてたわけじゃねェさ。売れてから言うつもりだったんだ」
見当違いな弁明をするサボの顔に、幾筋かの前髪が垂れ下がる。いつの間にこんなに伸びていたのだろう。エースは何だか悔しくなった。理由は分からないが、ものすごくイライラもする。
「切れよ! お前の髪なんて売らなくたって、海賊貯金は集められるだろ!」
「何怒ってんだよエース、少しでも貯めた方が良いに決まってんだろ? それに、放っておいても勝手に伸びる物が金になるんだぞ? しかも相当良い値がつくんだ」
売らない手はないだろ、とサボは眉を寄せて抗議の姿勢を取る。さも自分は間違っていないと言いたげな様子だ。それが更にエースの苛立ちを煽るが、かといって理屈でサボに勝てる気もしない。行き場のない感情は「なんで分からんねェんだよ!」という怒号へと変わった。
「──髪長ェの全ッ然似合ってねェんだよ! まるで女みてェ!」
「なんだよ、そんな言い方しなくたって良いだろ! おれだって、少しでも長い方が高く売れるからって、頑張って伸ばしてんだ!」
「うるせェ! もうおれが切ってやる! おいダダン、ハサミ貸せ! ルフィもいつまではしゃいでんだ、さっさと服着ろバカ! 風邪引いても面倒見てやらねェぞ!」
「なに弟に当たり散らしてんだ! なんだかお前おかしいぞ、エース!」
そこから始まったサボとの言い合いは、珍しく取っ組み合いの喧嘩にまで発展したが、二人の間に入ったダダンがクロスカウンターを受ける形で一旦は決着した。
その後、これまた珍しいことに、ダダンが「あの辺の奴らに売るのはやめときな。一度売ると別の物まで買おうとしてくる」とサボを諭し、サボが文句を言うよりも先にその髪を切ってのけた。眉上で切り揃えられた前髪を笑わないようにするのは至難の業だったが、己のせいでもあるので、エースはずっと頬の内側を噛み続けていた。
■
──そんな十年も前のことをエースが思い出したのは、隣に座ったサボが「会えると知ってたらもう少し髪切って来たのにな」と前髪を指に巻いて呟いたからだ。
偶然なのか、離れ離れの恋人に対する天からの贈り物なのか、任務の最中というのに二人は期せずして同じ島へと身を落ち着けている。古びた酒場で上等とはいえない酒を囲んではいたが、補って余りあるほど甘い雰囲気が二人の間に漂っていた。
「切らなくていいって。理由あって伸ばしてんだろ?」
「そうだけどよ、でも似合わねェだろ? もう少しくらいは短くしても……」
「似合わなくねェよ。今の髪も似合ってるぜ、サボ。もうすっかり見慣れたしな」
「嘘つけ。昔、言ってたぞ? 『全ッ然似合わない』って。あれ結構傷ついたからな?」
茶化すように言うサボの、前髪の間から覗く火傷の痕。互いのあずかり知らぬところで二人はそれぞれ年を重ねてきた。それを悔しいとも思うけれど、離れていたからこそ、あの頃の気持ちの正体がエースにも自覚出来たのかもしれない。
「──本当は、ただお前の髪の一筋だって他の奴にやりたくなかっただけなんだ。あの時はガキだったから、どう言やいいのか分かんなかったんだよ」
「真顔で言うな、真顔で……おれは今それにどう反応すりゃいいか分からねェよ」
照れ隠しとばかりにサボはグラスを呷る。何も答えなくていいさ、とエースはサボの頭を引き寄せる。言葉以上に雄弁な口付けの最中、柔らかい髪の感触はまるですべての日々を愛おしむかのように、指の間を優しくくすぐった。
【完】