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▼ バイオリンサボくん小説@ (原案ツイートbyアルパカチコさん)


※元になったツイート= https://twitter.com/co_alpachi/status/1417881293073698816
※上記ツイートの半年後くらいの設定の三次創作(リクエスト)
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 ロビーで待つのは暑いでしょう。
 そう言って気を利かせてくれたのは楽団員の一人だったので、もしかしてエースの顔を見知っていたのかもしれない。それも何だか気恥ずかしい話だが、何度も迎えに来ていれば当然とも言えた。
 前室を抜けて、重たい防音扉をそっと開ける。傾斜のついたコンサートホールは二階席まで備わった代物だったが、それでも本番で使うホールよりは小さいと聞いている。思わずきょろきょろと見渡してしまった。
 ──これより大きなホールのチケットが速攻で満席になっちまうんだもんなァ。
 革命軍楽団が『戦慄・顔出しフルオーケストラコンサート』を大盛況の内に終わらせて約半年、二度目の公演にかかる期待はそれだけ大きいということだろう。そんな楽団のコンサートマスターを、まだ大学生であるサボが─しかも音大生でもないのに─担っているというのだから、きっとその双肩にかかる重圧は相当なものなはずだ。
 けれど、『意外なことに』と評して良いほど、当の本人はそれほどプレッシャーを感じていないようではあった。「お前の目の前で、一対一で弾く方が緊張する」と本当か冗談か分からないことを口にしていたのをエースは思い出す。
 電気の消された客席から見下ろすと、ホールの最奥部では譜面台と金管楽器を持った数人の楽団員が、三々五々と舞台袖に戻って行っているところだった。残って練習をしていたのだろう。
 目当ての人物はそこから僅かに端、グランドピアノの真横に見つかった。
 バイオリンを手にしたサボは、ピアノの椅子にちょこんと座った子どもに何事かを話しかけているところだった。床に足も届かないような子どもがあそこに座っているのだから、やはり楽団の練習自体は既に終わっているらしい。
 練習が終わったはずのサボは、しかし笑いながら何度か頷いてみせると、映画のワンシーンのように優雅にバイオリンを構えた。身体こそ客席側を向いているが、遠い暗がりに立っているエースには気付いていない様子だ。
 白い指が軽く弦を弾いて、顎側の小さなネジを回す。そうやってほんの僅かな調律を終えると、サボは子どもへの目配せと同時に、ゆったりとした美しい音を奏で始めた。スケールをアレンジした単純なメロディの繰り返しだが、伸びやかな音はさざ波のようにエースの元まで届いた。ビブラートの効いた優しい旋律だ。
 サボがちらりと振り向いて合図をすると、バイオリンと同じメロディをなぞるようにしてピアノが加わってきた。少し辿々しさはあるものの、可愛らしく跳ねるような音色だった。
 輪唱のごとく重なり合う旋律は、サボがあからさまに合わせてはいるものの、調和した二重奏としてホールを満たす。椅子を片付けていた楽団員たちが微笑ましげに頷いているのも見えた。
 サボは今一度ピアノへと視線を送ると、片足でリズムを取りながら段々と速度を早めていく。旋律の柔らかさはそのままに、駆け回るように重なるフーガへ。ピアノを弾いていた子どもが何事か言ってから鈴の鳴る声で笑った。サボもまたリズムを取りながら屈託なくのない笑顔を浮かべる。
 ──本当に愉しそうに弾くよな。
 サボがこんな風に愉しそうにバイオリンを弾くなんて、いや、それ以前に『サボがバイオリンを弾くことが出来ること』すら、エースはほんの数ヶ月前まで知らなかった。涼やかな顔をしたサボの指先がどれほど巧みに動き、少し薄い手の引く弓がどれほどなめらかに旋律を奏でるのかも。
 それを目にした後だって、クラシックに関して詳しかったわけでも興味があったわけでもないから、バイオリンという楽器は全部『ああいった音』を奏でるのだと思っていたほどだ。

 だが、違う。サボの音だけがいつだって際立って耳に届くのだ。

 舞台のそこだけにスポットライトが当たっているかのような憧憬。同時に、遠すぎて手が伸ばせなくなるんじゃないかという不安。舞台を見つめるエースの瞳に相反する感情がこもり始めた頃、小さなピアニストと稀代のバイオリニストは息を揃えて最後の和音を響かせた。
 エースがその場で全力の拍手をすると、他の楽団員も同じタイミングで惜しみない拍手を送ったが、サボははじかれたように一人の名だけを叫んだ。

「エース!?」

 言うが早いか、舞台から降りて走り寄ってくる。エースもまたサボへと歩み寄ったから、ホールのほとんど真ん中あたりで二人は顔を合わせた。

「悪ィ、待たせてたのか! もうそんな時間だなんて思ってなくて」
「そんなに待っちゃいねェよ。それに良いもんも聴けたしな」

 そもそも送り迎えなんて頼まれてもいないのに勝手に買って出ているのだ。待たされるくらいどうということも無かったし、サボの演奏が聴けたのはむしろ幸運だった。

「あれは遊びっつーか、『おとなしく待ってたら練習終わりに一緒に演奏する』って約束してて……見られてたなんて恥ずかしいな」

 サボは照れくさそうに言うと、振り返って手にしていた弓を子どもへと振る。取引上手な小さなピアニストはというと、ちょうど─保護者なのか楽団員なのか分からないが─大人に椅子から降ろしてもらっているところだった。
 エースはサボが向き直るのを待ってから、さりげない素振りで切り出した。

「……なァ、サボのバイオリン、もっと聴きてェんだけど。ダメか?」
「えっ! ダメじゃねェけど、どうかな、ここも使える時間決まってっから」

 焦ってポケットからスマートフォンを出そうとするサボにエースは今だとばかりに提案してみせる。

「お前の部屋は?」
「お、おれの!?」
「防音室って言ってなかったっけか? ほら、サボの部屋、しっかり上がらせてもらったことねェし」
「確かに防音室だし、家に来るのも……構わねェ、けど」

 歯切れの悪いサボの返事に、急ぎすぎたかとエースは眉を寄せる。舞台と客席との─物理的だけでない─距離の遠さがエースを少しばかり焦らせたのは事実だったが、ここまで言い淀まれるとも想像していなかった。

「あー、そうか、練習終わったばっかなのにこんなこと頼むのもなんだよな。悪ィ、普通に送ってくわ」
「まさか! 違う、嬉しいに決まってる!! ……っと、その、エースがそんなにバイオリンのこと好きになってくれたのが」

 ぶんぶんと音が鳴りそうなほど首を横に振ってからサボは「そう、バイオリンのことがな」と入念に繰り返す。

「……まァな、相当ハマっちまってるみてェだ」

 多分、サボが思っている以上にな。
 そう付け加えてエースは僅かに目を逸らす。
 好きなのはバイオリンだけじゃないと、告白するタイミングは未だに推し量れない。

【完】

※エースが送り迎えしているのは顔バレしてバズりまくったサボが心配だからです。




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