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▼ 二十一回目のハッピーバースデー


 誕生日に花火を上げるようになったのは、もう十年近く前の三月二十日のことだ。
 おれの誕生日であるその日、両手で持ったリモコンをテレビに向けながらルフィが急に泣き出したのだ。
 嗚咽と共に零した言葉は──『サボの花火が上がってねェ』。
 そりゃあ春分の日に花火は上がらねェだろう。最初は面食らったけれど、よくよく話を聞いてみると、原因はエースにあることが分かった。どうも、エースはその年の誕生日、つまり元旦に、外国のニューイヤー花火の中継を指して己の誕生日祝いの花火だとうそぶいたらしい。ルフィはそれをまるっきり信じて、当然『兄弟』であるおれの誕生日にも同様に花火の中継があると思い込んでいたのだ。
 しかし、今日になっていざテレビを見ても─当たり前だが─花火なんて上がっていない。だから、誕生日がきちんと祝われていないのではと心配して悲しんでくれたというわけだ。なんて兄思いなんだろうと心打たれたが、それはともかく弟を泣かすなよな、エース。
 元凶であるエースはどうしたかというと、弟の号泣とおれのじっとりとした視線に反省したのか、あるいは開き直ったのか──『無いなら自分たちで上げればいい』と高らかに宣言し、少ない小遣いから花火を買って来て、本当に庭で打ち上げたのだ!
 それからというもの、年に三回、それぞれの誕生日に近所の河原で花火を打ち上げるのが、おれたちの恒例行事となった。
 打ち上げる場所が庭でなく河原になったのには、ガープのジジイによる鉄拳制裁が関わっているけれど、まあ、今はそれは良い。ともかく、花火を上げる時刻はおれたちの成長と共にどんどん更けて行き、最近では誕生日を迎える日の零時に合わせて打ち上げるのが恒例となっていた。

 けれど、一年が終わり、また始まろうとしている今夜、この時。
 今回ばかりは恒例の花火とは少し違う。
 エースとおれの、二人きりだからだ。

   ■

 吐く息は白く細く、大晦日の空気に溶けて消える。雪の予報こそ外れたものの、這いよる寒波は着込んだダウンジャケットでも防ぎきれそうにない。それでも河川に平行した道を歩くおれの気持ちは弾んでいた。エースの誕生日まで、あと少し。頭の中では既にカウントダウンが始まっている。
 神社だか寺だかに向かう人たちとたまにすれ違うが、例外なく相手はおれの持ち物へと目を向けてくる。まあ、仕方ねェか。おれの両手には、空っぽのバケツとネットで買った大きな花火セット。この真冬にはまるで季節外れの代物だ。
 ちなみに、隣を歩くエースの担当荷物は酒とつまみと着火ライターだ。主役とはいえ、荷物運びは手伝ってもらわねェとな。

「やっぱ酒足りなくねェか? ダダンからかっぱらってくりゃ良かった」

 おれと色違いのダウンを着たエースが、手に提げたレジ袋を軽く揺らしながら呟く。

「充分だろ。寒空の下で飲み過ぎるのもなんだし、足りなけりゃ家に戻ってから飲もう」
「寒い中飲むからイイんだろ。カッと熱くなるのがたまんねェんだよ」

 去年から正式に解禁したアルコールをエースは好んでいるけれど、おれとしてはそれほどでも無いので、曖昧に頷くくらいしか出来ない。今回は未成年のルフィが居ない分、いくらでも羽目を外して構わないって気分なのかもしれないが。
 いや、それよりも、もしかすると。

「どうしたエース、ルフィが居ないのが寂しくてやけ酒か?」

 からかうように言ってやると「まさか」とエースが鼻先で笑う。
 ルフィは今回が高校最後の年末年始となるため、いつもの仲間たちと年を越すことになったのだ。恒例の花火に参加出来ないことをルフィ自身も残念そうにしていたが、絶対に電話するからと息巻いていたのも記憶に新しい。

「でもまあ、『サボの花火がァ』なんて泣いてやがったチビが、随分大きくなったもんだとは思うぜ」

 そう笑うエースの声に嘘はない。そうだな、とおれも素直に答える。
 おれ達の後を必死に付いてくるばかりだったあのルフィが、今やもう皆を率いて自由に駆けているのだ。弟の成長が嬉しくないはずがない。それに、たとえ三人で過ごす機会が減っても、つないだ絆が消えるわけではないから。
 暗い河原へと降りて行って、スマートフォンの灯りを頼りに花火をセット──連続で打ち上がるようにあらかじめ導火線を繋いでおいたものだ。川辺でバケツに水を汲んで、いざという時の消火にも備える。もう一度スマートフォンの画面に触れて時刻を確認、二十三時五十八分十一秒。ゆっくり歩いていたせいか結構ギリギリだ。そういえば耳を澄ませば遠くから除夜の鐘も聞こえてくる。

「よし、準備完了。あともう二分も無い。頼んだぞ、エース」
「任せとけ」

 柄の長い着火ライターを西部劇の拳銃よろしくクルクルと回しながら、エースが打ち上げ花火へと近づく。おれは少し離れて、その炎が灯されるのをじっと見つめる。ケーキに刺さった蝋燭の火を吹き消してしまうよりも、こうやって火を付ける方がエースには似合っている。何故か毎年のようにそう思う。
 導火線がバチバチと音を立て始め、エースがおれの方へと駆け寄ってくる。二人分の興奮と期待で吐いた白い息が弾む。
 頭の中で数えていた秒数が残り十秒を切る。
 日付が変わる。
 年が変わる。
 エースの生まれた日がやってくる。


「──エースッ、誕生日おめでとう!!」


 花火の破裂音に負けないくらいの大声で叫ぶ。夜空に橙色の花が次々と咲いて、エースの誕生を祝福する。「おお」なんて感嘆したように空を見上げるエースの横顔が、あまりにも、あまりにも幸せそうな笑みを浮かべていて──。

「ありがとな、サボ! 連発の仕掛けも大成功じゃねェか、って……えっ、サボ、泣いてんのか!?」

 エースの小さな叫び声から一拍遅れて、おれはそこで初めて、自分が泣いていることに気付いた。冬の空気に乾いて凍えた頬を、熱く燃えるような涙が次から次へと滴り落ちている。そうと気付けば、余計に涙は止まらない。胸をかきむしりたくなるほどの想いが溢れ出て、とても抑えきれそうにないのだ。
 どうしてだろう。節目という意味では去年の方が感動的だったはずなのに。今年は弟が居ないせいで気が弛んじまったんだろうか。

「どうしたんだよ、大丈夫か?!」
「っ、大丈夫、ただ、」

 慌てたエースが心配げに肩を掴んでくるから、おれは手の甲で顔を無理矢理拭って答える。

「……ただ、なんか……お前が生きていて良かったって思って……」

 そう口にして、すぐに後悔した。なんだよ、『生きていて良かった』って。
 誕生日というめでたい日に、こんな重いこと言ってどうするんだ。拭っても拭っても涙が溢れてくるせいで、おれは先の言葉を上手く誤魔化すことすら出来やしない。格好悪ィし、意味不明だ。いっそ「訳分かんねェ」って笑い飛ばしてくれ、エース。
 しかし、エースは茶化すことなく、真っ直ぐおれを見つめて柔らかく微笑んだ。

「──ああ。おれも、生きていて良かったって思う」

 エースのその言葉に、心の奥に引っ掛かっていた何かが、やっと解けた心地がした。
 不思議とひどく救われたような気がして、おれはバカみたいに泣きながら「誕生日おめでとう」「生まれて来てくれてありがとう」とそればかりを繰り返した。宥めるように肩に回されるエースの腕。ああ、早く泣き止まねェと。まだまだ花火はあるんだ。酒もあるし、つまみもある。誕生日祝いはここからが本番だってのに。
 鼻を啜りながら何とか泣き止もうとしていると、不意にエースのスマートフォンが鳴った。ルフィだ、と言いながら片手で操作すると、どうやらビデオ通話だったらしく、光る画面いっぱいにルフィの顔が表示された。

「エース! 誕生日おめでとう!!」
「うぉっと、近ェよルフィ! 後ろの奴らが映ってねェ!」

 ウソップの声がして、画面が揺れると初詣中なのかどこかの神社の人波が一瞬映って、すぐにルフィの仲間たちが何とか映り込もうとひしめき合っているのが見えた。
 口々に「お兄さん誕生日なんですってね! おめでとう!」だの「明日からならバラティエも開いてるから誕生日祝いに食いに来てくれ」だのと好き勝手賑やかに喋っている。その間にもエースのスマートフォンには幾つもの通知が来ていて、あけましておめでとうよりも先に誕生日を祝われていた。

「いっぺんに喋られても分かんねェよ! でもありがとな!!」

 画面に向かって呆れたように、それでいて照れくさそうに笑うエースに、おれの目からは再び涙が溢れそうになる。咄嗟に俯くと、存外目敏い弟が画面の向こう側から「サボ、どうかしたか?!」と声を上げた。花火の煙が目にしみただけ、と下手くそに誤魔化すおれを、どうか今夜だけは許してほしい。
 他でもないエースの誕生日だ。湿っぽいのは似合わねェだろ?

    【完】



※以下、完全なる蛇足の解説※

この話のサボは転生記憶無しなんだけど、心のどこかに“エースは20歳で死んでしまった”という意識が残っていたので、21歳を生きて迎えられたことが嬉しすぎて無意識に泣いちゃったというアレ(「去年アルコール解禁」や「去年が節目」や「弟が高校最後(18歳)」あたりで、これがエース21歳の誕生日なのだとなんとなーく分かってもらえていたら良いな)

あと、原作軸のサボには、「おれは生まれてきてもよかったのか」と問うようなエースのイメージがあり、それが今のサボの深層心理にもどこか残っていて、だからこそ誕生日に「生きていて良かった」と、てらいなく言える今のエースの姿に救われたような気持ちになったという話。

そして“ケーキの蝋燭吹き消すエース”という図は個人的には好きだけど、この話のサボは無意識化で「チャッカマン(着火ライター)持つのはエース」「エースは火を消すより着ける方が似合う」「エースに湿っぽいの(火に対する水)は似合わない」みたくエースのメラメラ感を引きずっています。なんだかんだ雪の予報も外れているしね(原作でエースが訪ねた時にドラム王国に珍しく雪が降らなかったというアレ)

なお今のエースに前世の記憶がうっすらでもあるのかどうかは、マジでどっちでもアリです。どっちのが好きですか。悩む……🤔


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