▼ provocation -挑発、あるいは体格差に寄せて-
世の中に賞金首は多かれど、やはり狙われるのは圧倒的に海賊だ。何と言っても、海賊は目立つ。
世界政府からすれば、むしろ危険視しているのは革命軍の方だが─海賊と違って直接攻撃してくるからだ─革命軍は常にその旗を掲げているわけではないし、秘密裏に動くことにも慣れている。市井に紛れてしまえば早々見分けはつかない。
その点、海賊はというと、分かりやすく見た目からして荒くれ者が多く、何かにつけては堂々と海賊旗を翻す。その挑発的な振る舞いは、賞金狙いのハンターを容易に引き付けるのだ。
もっともハンターとて命は惜しい。普通ならば、狙う相手は存分に選ぶのだけれども。
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昼間だというのに重たい霧が地を這う、どことなく得体の知れない街の外れ。海岸と街とを隔てるように低く連なった石造りの壁に、橙色のテンガロンハットと黒色のトップハットが並んでのぞいていた。
「あー……こりゃ面倒くせェことになりそうだな?」
テンガロンハットの男──エースは霧の向こうへと目を凝らしながら顔を顰める。
「確かに。『こういう島』の方が突っかかってくる奴が多いからな」
トップハットの方──サボも疲れたように首肯する。エースも「だよなァ」と更に唇を引き攣らせた。
こういう島というのは、それなりに都会で、それなりに平和で、昼間からゴロツキが暇そうに街でたむろしている島だ。
プロの賞金首狩りなら狩る相手も選ぶが、そうでないゴロツキは単に「手配書で顔を見かけた」程度で何も考えずに仲間を集め、身の程も知らずに喧嘩を売ってくる。次から次に湧いて出る有象無象を、殺さないように加減しながら倒していくのは存外面倒だ。何より、貴重な逢瀬の時間を、そんなくだらないことに割く羽目になるのは迷惑極まりなかった。
「特にお前は追い掛け回されるぞ、エース」
「なんでおれだけ。お前だって賞金首だろ」
「海賊の方が目立つし、人気だからだよ。おれなんて、余程じゃなきゃ顔も知られちゃいねェさ」
「ケッ、賞金狙いにモテたって仕方ねェ。っつーか、おれはサボにだけモテてりゃ良いんだ」
「おれにモテるってなんだよ……」
呆れたように呟いてから、サボはエースの背中へと視線を向けた。
「とにかく、残念だがその格好はまずいな。あからさますぎる」
いつもの格好とはいえ、上着を着ていないエースの背には、白ひげ海賊団の旗印が堂々と掲げられている。これも海を生きるだけの知識がある者が見れば逆に触れずにおくものだが、そうでない者には『海賊旗』というだけで因縁をつける理由となるだろう。
「不格好になっちまうが、おれのコート着てくれ。宿が見つかるまでの辛抱だ」
言うが早いか、サボはしゃがみこんだまま器用にコートを脱ぐと、傍らのエースにそれを渡してくる。受け取ったコートは少しばかりひんやりしていた。エース自身はメラメラの実の能力のせいかあまり寒さを感じないが、島の気候は冬に近い。
「着るのは構わねェが、サボは寒くねェの?」
「多少は肌寒いけど……宿入ったらめいっぱい温めてくれんだろ?」
己の身体を抱くように身を縮ませながらも、へへっ、とサボは悪戯げに笑いかけてくる。
「言うじゃねェか。お前が先に煽ったの、覚えてろよ? サボはいつも、って、アレ?」
恋人の可愛らしい挑発に応えながらも、エースは受け取ったコートに袖を通そうとしていたのだが。
「……入らねェ」
「えっ!」
袖に差し込んだ片腕が、どうしてもそこから先へ進まない。手首は幾分か進められても、二の腕の部分がどう足掻いても入らないのだ。軽く生地を引っ張ってみても、伸縮性の無いコートは融通が効かない。どこからどう見ても、エースの身体の方がサイズオーバーだ。
「いや、まさか、身長変わんねェのに!? ちょっと立てよエース、着方が悪ィだけじゃねェの?」
「バカ、サボ、破けるぞ!?」
焦った様子のサボが無理にコートを引っ張ると、縫い合わせられた生地が悲鳴を上げる。逆の腕からなら、両腕同時になら、と色々と試させられたが、結局、エースの上腕二頭筋がサボのコートの袖を通過することは叶わなかった。
「……ま、アレだ。羽織らせてもらうから。な?」
着ることは諦め、両肩に羽織る形で背中を隠すことにしたが、コートの持ち主であるサボはどこか釈然としない顔つきでエースを見つめていた。
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何のプレイだよ、とエースは幾度目かの言葉を口にした。
「もう良いだろォ……」
「ん、あと少しだけ」
宿に入ったらめいっぱい温めてくれという話はどこへいったのか。折角ゴロツキに絡まれることもなくスムーズに宿の部屋まで辿り着いたというのに、お互い服も脱がず、ベッドの上に座ったまま随分と経つ。エースは我慢の限界だった。
「そうか、腕のこの辺りの筋肉が……だから胸筋も……」
恋人同士の二人が、久々のベッドの上で何をしているのかというと──サボが一方的にエースの上半身に触れては感心しているという、ただそれだけである。
愛撫と呼ぶにはいささか好奇心が勝っているような触れ方だが、他でもないサボに触れられればエースだってじっとはしていられない。当然のごとく、エースもまたサボに直に触れようと手を延ばすのだが、何故か許してもらえない。
「ダメだって、エース。手は膝の上だ」
「んだよ、触ってもいいから触らせろ!」
「お前に触られると何も考えられなくなっちまうだろ。ちゃんとしっかり見たいんだ」
サボは真剣な瞳で言うと、再びエースの腕を掴んでは「成る程……」などと呟いている。成る程も何も、元々隠しているわけでもない肉体だし、何度も重ねあった身体でもある。今更珍しくもないはずだが、余程先刻のコートの件を気にしているようだった。
「サボ、あんまり気にすんなって。あのコートが特別細身なだけだろ?」
「戦闘出来るくらいの遊びは作ってある。事実おれは腕が引っかかったことなんてない」
「ぐっ」
出したつもりの助け舟が即座に沈没させられてしまう。
とはいえ、サボの方も悪気があってしているわけではないらしく、今はただただ集中しているだけなのだろう。「どうせ触るならもっと下も触れ」という本気とも冗談ともつかないエースの台詞もさらりと受け流して、ひたすらエースの筋肉に触れながら一人で自問自答している。
「身長は同じくらいでも、体重で差がついちまってるのか? おれ相当食って相当動いてるってのに……鍛錬もっと増やせば、あるいは……」
小さく首を傾げるサボは、どうやら己とエースの間の体格差について今までそれほど意識的ではなかったようだ。それが『エースに触れられると何も考えられなくなる』ことが原因だというならエースとしては男冥利に尽きる話だが、実はエースの方は既に『このこと』を知っていた。
エースの方が多少余裕があるからなのか、それとも普段隠されている肢体だからこそ執拗に触れて確かめてしまうからなのか。理由はともあれ、エースはサボの腕が自分より細いのを知っていたし、身体の厚みが全く違うのも分かっていた──コートの貸し借りが出来ないほどだとは思っていなかったけれど。
しかし、それをサボが気にする必要は、やはり無いのだ。サボだって折れそうなほど華奢な身体というわけではなく、実用的な筋肉が均等についた綺麗な身体をしている。それに体格の違いだって、戦闘スタイルの違いや身体本来の資質によるもので、鍛え方に差があるわけじゃない。何も恥じることはないと思うのだが、それでも気にかかるのは男の性といったところだろうか。
しかし、男の性というなら、こっちの『性』もいい加減分かってほしいというのがエースの本音だ。
「ああ、クソッ、げんッかい!」
子どもじみた癇癪と共に、遂にエースはサボを押し倒す。手は膝だって言ったろ、とサボはこの期に及んで頓珍漢な抗議をしてくるが、エースは本当に限界だった。一方的に触られるなんて性に合わない。
「海賊相手におあずけなんてとんだ挑発だぜ! もう好きにさせてもらうからな?」
「もっとしっかり確かめたかったのに。いつも見て触ってるはずなのに理解出来てなかったの、結構悔しいんだぞ?」
「後にしろ、後に」
抗議の声は上げつつも、サボだってこの辺が引き際だと分かっているのだろう。服を脱がしにかかっても抵抗はない。
「ったく、おれが重いのが気になるなら、体重かけないようにしてやるから」
それはエースにとっては口をついて出ただけの軽い言葉だった。
だが、サボは急にムッと眉を寄せると、その両脚でエースの腰を引き寄せる。
「おっ」
「別にお前のこと重いなんざ言ってないだろ。男らしくて憧れちまうってだけだ」
体勢を崩したエースの首元に両腕を回し、更にその身体を引き寄せてから、サボは幾ばくかの逡巡の後に目を逸らしながら呟く。
「それに……エースに、息もできないくらい強くぎゅっと抱きしめられるの、たまらなく好きだから」
変に気を回すのはやめてくれ、と半ば拗ねた素振りで続けられて、エースは思わず目を見開く。素知らぬ顔でおあずけしていたかと思うと、突然こんなにも可愛らしくおねだりしてくるのだから、サボという男は天然物の『エースたらし』だ。
「……んな可愛いこと言われちまったら、本気で抱き潰しちまうかも」
「流石にそれほどヤワじゃねェさ」
「違いねェ」
至近距離で微笑み合えば、唇は磁石のごとく自然と引き合う。燻る熱を押し付けるように、二人、文字通り息も出来なくなるほどのキスをした。
【完】
オマケ(翌朝)
「おっ、起きたか! おはようエース!」
「んあ……? なんだ、朝っぱらからどうした? 筋トレ?」
「筋トレっつーか鍛錬。やっぱエースに追い付きてェなと思って!」
「(夜明け頃まで散々ビッショビショのトッロトロのくったくたにシてやったのにマジで潰れねェじゃん……)」