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▼ そんなにキラキラきらめくな!


 兄弟それぞれやるべきこともあるし、べったり一緒に居るってことは出来ないが、たまたま近くに居るってんなら顔を見たくもなる。
 だが、本当はストライカーでも丸三日かかる距離だってのに、そうとは知らせないまま会いに来ちまうってのはどうなんだろうな。
 偶然この島に滞在しているところだなんて下らねェ嘘までついて、隊の連中には「またか」なんてからかわれて、そんでもって素知らぬ顔でサボを迎え入れる。何がしてェんだお前は、と他人事ならおれだって呆れた声の一つでも上げただろう。
 何がしたいかは自分でも分からないが、ただ、『原因』ならはっきりしている。サボが、あまりにもキラキラときらめいているせいだ。

「あっちの店も美味そうだよな、お前はもう入ったことあるか? ……って何ぼーっとしてんだ? エース」

 身振り手振りを交えながら声を弾ませていたサボが、不意におれの方へと顔を向ける。カナリアの羽毛みてェなまつげが大きく瞬いて、またしてもキラキラを辺りに撒き散らす。まるで妖精の粉だ。妖精なんざ見たことねェが多分こんなんだろ。
 少し寝癖がついた艶やかな金髪も、芸術家が特別気合いを入れて作ったようなその顔も、思わず目を細めちまうほどにきらめいている。その痛々しい傷跡だって、サボの輝きを損なうことなんざ出来やしない。
 ──ああ、畜生、やっぱり落ち着かねェ。
 折角サボと会って話しているってのに、キラキラのせいで集中出来ない。一緒に居られる時間は限られているってのに、なんで会う度にこんなになってんだ!

「……なんかサボ、今日、綺麗だよな」

 苛立ちなのか焦りなのか、不意におれの口をついて出た言葉は謎の抗議だった。しかし、言ってみて自分で納得してしまう。そうだ、サボが綺麗すぎるのが悪い。今日は特別キラキラしてやがる。
 突然のおれの暴言に、サボは「は!?」と大声を出して立ち止まると、俊敏な動きで二歩ほどおれから離れた。そしてぺたぺたと己の顔に触れつつ、大きく首を横に振ってみせる。

「い、いや、任務先から直行して来ちまったから碌に風呂も入ってねェし、服だって泥は落としたけどそれくらいで着替えてすらねェし」

 あたふたとコートやズボンにまで触れるサボは、まるで財布でも失くしたみたいに慌てて見える。でもな、サボ。風呂がどうとかはどうでもいいんだよ。纏う空気すらきらめいてるんだから。

「空気っつーか、匂いっつーか……」
「うわッ!」

 すんすんと鼻を鳴らして香りを確かめようとすると、サボは更に後ずさる。

「ッ、どうしたんだよエース! お前そんなこと今まで全然気にしなかったじゃねェか、らしくもねェ!」
「……んだよ。別に今までは言わなかっただけだ」

 そうだ。言わなかっただけで、前回だって前々回だって、ずっと綺麗だと思ってた。そもそも、こんなにキラキラ振りまいているってのに、周りの奴はどうしてこの異様な状況に気付かねェんだ? サボのことよく知らない奴が見たら、絶対何かの実の能力者と思うレベルだろうが。

「い……『言わなかっただけ』……!?」

 サボはおれの言葉を繰り返すと、まるで世界終末に関わる秘密でも知ったかのような愕然とした顔で固まってしまった。

「サボ? どうかしたか?」
「いや……うん。大丈夫だ」
「大丈夫って態度か? それ」
「違うんだ、ちょっと思いついたことがあっただけ。とにかく大丈夫だから、早くメシにしようぜ」

 どことなく空元気のようにも見えたが、いざ店に入って食事を始めるといつもどおりのサボだった。互いの近況を語り合い、弟の懸賞金額で盛り上がり、美味いメシと美味い酒を交わしていれば、楽しい時間なんてすぐに過ぎてしまう。
 夜も更けると、サボは革命軍の船へと戻るから、おれも適当な宿へと入った。会う時はいつもそうだとはいえ、いっそサボも宿に泊まれよ、と思わずにはいられない。そうすりゃあ一緒に、朝までだって話していられるのにな。

   ■

 エース、エース……起きろよ……起きろって……。
 遠くから耳馴染みの良い声がおれを呼ぶ。ふわりと鼻をくすぐったのは花の香りだろうか。

「エース!」

 ひときわ大きな声と共に肩を揺さぶられて、おれはバネのように身体を起こした。
 突っ伏していたカウンター上には積み重なった空き皿、それとフォークに麺が絡まったままのパスタ。メシでも食おうと決めて食堂に入ったは良いが、どうやらも昼寝も一緒にこなしちまったらしい。

「大丈夫か、エース。顔にソースべったり付いてるぞ」
「ふぁあ……よぉ、サボ」

 起こしてくれた相手のことは声で分かっている。この場所で待ち合わせしていたわけでもないのに、わざわざ探し出してくれたみたいだ。
 だから、おれは「おはよう」なんて言いながら声の主を振り仰いだ──のだが。

「──え? サボ?」

 一瞬、まだ夢でも見てるのかと思った。
 それくらいに、現実味が薄い。昔どっかの教会で見かけた宗教画の中にでも迷い込んだのかと思った。
 元から艶やかな金髪は、今や本物の黄金でも織り込んでいるのかというほどに毛の一筋までも輝いている。陶磁器のように磨かれた瑞々しい肌は、水をぶっかけたらそのまま跳ね返ってきそうなくらいだ。
 見慣れないミントグリーンのコートはサボの身体をぴったりと覆い、これまた珍しい深い赤色のシャツの襟元には、いつものようなスカーフは無く、代わりに真っ白なネクタイがきっちりと結ばれていた。全体的に清廉で禁欲的なのに、だからこそ滲み出る『何か』がある。
 ──サボなのに、サボじゃないみたいだ。

「サボ、その姿は……?」
「ああ、昨日の服はかなり汚れちまってたから、別のに替えて来たんだ。エースはそういうの気にしないと思って、いつも適当にしちまってたけど、その……、」

 そこで一旦言葉を濁すと、サボは言いかけた台詞を唇の奥に仕舞いこんでから「とにかく!」と続けた。

「言われてみりゃ、確かに昨日はまだそこまで汚れてなかったから『綺麗』な方だったが、おれと来たら、泥だの返り血だので酷い有り様な時もあるもんな! エースはいつも、頭の天辺から靴の先まで格好良く決まってるってのにさ」

 だから今日はちゃんとしてきた、と照れくさそうにサボは頬を掻く。はにかむような笑顔と共にまたしてもキラキラが振りまかれて、おれの視界はサボの放つ光でいっぱいになっちまった。
 ぽかんと口を開けたまま見惚れるおれを余所に、サボは「それより」と眉を寄せる。

「おれ、ハンカチとか持ってねェんだよな……あ、悪ィ店長、何か拭く物無いか?」

 サボが声をかけると、カウンターの向こう側から裏返った返事が聞こえる。ハッと気付いて辺りを見回せば、店員たちも客たちも一様にこちらに──サボに目を向けていた。
 「何だあいつ?」「男だよな」「えらい美人だな」「でもあの顔、怪我してるんじゃ」「あいつらどういう仲だ」「おれ声かけてみようかな」──口々に聞こえてくる言葉は小声だったが、勝手な奴らの勝手な台詞はおれの心を大きく波立たせた。
 なんで周りの奴らはサボのきらめきに気付かないんだ、なんて思ったりもしていたが、おれが間違っていた。お前ら全員、気付かなくていい! そもそも勝手に見んな!

「ほら、エース。顔拭いちまうぞ?」

 店長から渡された布で、サボはおれの顔を拭こうと顔を近づけてくる。
 周囲の不躾な視線に苛立っていたおれは、そのサボのゆるく波打つ髪に勝手に両手を差し入れて──そのままかき混ぜるようにしてぐしゃぐしゃに乱してやった。

「おわっ、何すんだよエース! 折角コアラに、」

 サボは驚いて声を上げたけれど、絹のような手触りの髪の毛は指の合間をすり抜けるばかりで、柔らかいのに絡まりもしない。クソ、こんなことしても意味ないか。それどころかシャンプーらしき嗅ぎなれない香りが辺りに広がるばかりで逆効果だ。
 やめろって、と言いながら逃れようとするサボを「うるせェ!」と意味もなく怒鳴りつけてから、小さく整ったその顔を両側から掴んで、おれの目の高さでしっかりと固定してやった。
 一緒に居られる貴重な時間、喧嘩なんかしたかねェが、仕掛けてきたのはある意味、サボの方だ。

「──そんなにキラキラきらめくな! 落ち着かねェだろうが!」

 真正面からじっと睨みつけたその顔はやっぱり綺麗だったが、サボもまた怒っているのだろうか、やけに赤い。

「キ、『キラキラ』ってなんだよ……」

 どことなく目を泳がせたサボが困ったような声で訊いてきたが、そんなのむしろ、おれが訊きたい。
                      【完】






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